第6話 婚約者候補
レイフォナーはワインを一口飲んで、はあ、とため息をついた。
「おーい、パーティーの最中だぞ」
「帰りたそうだねぇ」
そう言ったのは、レイフォナーの幼馴染で護衛のショールとチェザライだ。
ショールはオレンジ色の短髪でレイフォナーよりも背が高く、服の上からでもわかるほど鍛えられた体をしている。チェザライは緩やかなうねりの銀髪が肩まであり、小柄であるが風の上級魔法士だ。
「クランツを寄越せばよかったな。私でなくてもいいと思わないか?」
クランツとは、レイフォナーの四歳下の弟で第二王子だ。
「いいわけないだろ」
「今日はレイくんの婚約者候補様の誕生日パーティーなんだから」
レイフォナーたちは今、メアソーグの東隣・ブランネイド帝国に来ている。
誕生日パーティーの招待を受けたのだ。その主役はレイフォナーの婚約者候補の一人、帝国の第一皇女・ユアーミラで十八歳を迎えた。
婚約は帝国が打診してきたものだが、レイフォナーはユアーミラに一切興味がないし、正直言って苦手である。だが両親である国王と王妃が彼女の妃としての素質を気に入ってしまい、とりあえず婚約者候補として保留している。
その苦手な人物が近づいてくる。
腰まである縦ロールの薄紫の髪、濃い化粧に真っ赤なドレス、豪華な宝飾品をジャラジャラと身に着けている。鼻を覆いたくなるほどの強い香水は頭が痛くなりそうだ。
ユアーミラはアメジストのような大きな瞳を向けてきた。
「レイフォナー様、もう一曲踊りません?それとも、お疲れならわたくしの部屋でお休みされてはいかがです?」
上目遣いで、あからさまに誘ってきた。
レイフォナーは背筋がゾクッとしたあと、腕に鳥肌が立った。
「・・・お心遣いに感謝します。ですがこれから大臣方に挨拶がありますので」
ユアーミラは拗ねた表情を見せる。
「殿方はいつも難しいお話ばかりでつまらないわ。今日はわたくしの誕生日パーティーなのに」
そう文句を言いながらも、他国との交流は一応大事だと理解しているのか去って行った。そして苛つきを発散させるためか、付き人に当たり散らしている。
ユアーミラは身分も教養も申し分なく、火魔法使いでもある。だが魔法は苦手なようでほとんど使わないらしい。
それを差し引いたとしても妃として相応しいかもしれないが、レイフォナーはどうしても彼女の性格を受け入れることができない。国王と王妃に文句を言ってやりたいし、婚約者候補から外したいとさえ思っている。
「あれが私の婚約者候補か・・・嫌なんだが。高飛車でケバケバした女性は苦手だ」
「お前の周りにはそういう女性ばかりだぞ」
「でもあの皇女、美人だよね」
レイフォナーは面白がっているショールとチェザライを睨む。
「お前は素朴な女性が好みだもんな」
「うんうん、村娘とかね」
二人は護衛なので、常にレイフォナーに同行している。アンジュが王都で襲われていたときも、村への橋の視察にも、王都の巡回中にも。
村娘と言われて真っ先に思い浮かべるのはアンジュだ。
まだ三回しか会っていない彼女に、心動かされているのは事実だ。
自分の周りにいる権力や美へ執着する女性たちとはタイプが全く違っていて、王都で初めて会ったときから可愛いと思っている。自分に媚びてこないところ、美しいと言われて顔を真っ赤にするところ、刺繍が上手なこと、風魔法使いであること。それらを思い出すと、飾りっ気がなくても彼女を美しいと思う。
「別に、アンジュが好みだというわけではない」
二人には、彼女を可愛いと思っていることがバレていそうだが一応否定してみた。
「俺たち、アンジュちゃんだとは一言も言ってないけど」
「ふふっ、墓穴」
「・・・お前たち、少し黙ってろ」
「はいはい」
と、二人は口を揃えて言った。