第56話 同行者たち
ワッグラ村の自宅に戻ったアンジュは担いでいたリュックの中身を取り出して、別の大きなリュックに詰め替えた。バッジャキラに数日滞在する可能性も考慮して、着替えも何枚か詰め込んでいく。
一息つくためお茶を入れて、男性司書に描いてもらった地図を眺めた。
「結構遠いなぁ・・・」
ロネミーチェの森まではかなりの距離がある。風魔法を使って行くつもりだが、いくつかの山を越えなければいけないようで、高度を上げると魔力消費量も増えてしまう。風の魔力が半分になった今、途中で魔力切れを起こすことは容易に想像できる。到着まで数日かかるかもしれない。魔力の回復には体をゆっくり休めて睡眠をとるのが一番だが、周辺に宿がなければ野宿も視野に入れておかなければいけない。光魔法でも飛べたらいいのだが、まだ使いこなせていないため不可能だ。
魔力以外にも不安要素がある。図書館の男性司書が言っていた『集落まで誰も辿り着けない』という話も気になるし、そもそも光剣とはどのような代物なのか。剣というくらいだから騎士が扱うような剣なのか。それに、もし辿り着けたとしても簡単に光剣を譲ってもらえるとは限らない。
考えれば考えるほど息が詰まり、アンジュは両頬をパンッとたたいた。
「あれこれ考えるのはやめよう!」
翌朝、アンジュはリュックを担いで隣人のおばあさんの家に行き、しばらく家を空けるかもしれないと挨拶をして、イルの家に向かった。
アンジュの旅姿を見たイルは、一瞬目を丸くした。
「王都から帰ってきたばかりなのに、また行くのか?」
「ううん、バッジャキラに行ってくる」
「はぁ?」
「何日か戻らないかも」
「旅行か?」
「えっと、そうじゃないんだけど・・・」
「少し待ってろ」
「うん?」
イルは五分ほどで戻ってきて、肩掛け鞄を手に持っていた。
「ちょっと、一緒に行くつもり!?私、風魔法を使って行くんだけど!二人一緒に運べないんだけど!」
そう言われたイルはアンジュの後ろを指差した。
振り返ると、地面にカラスほどの大きさの真っ赤な鳥がいた。自分をじっと見ているその鳥は火魔法で作られており、王城でいつも護衛してくれていた人物の魔力を感じた。
「キュリバトさん!」
すると、鳥が口を開いた。
「私がお二人をバッジャキラにお連れします」
キュリバトが作った火魔法の鳥は、いつからそこにいたのだろう。今日たまたま来たのか、それともレイフォナーのもとを離れた日からずっと傍にいたのだろうか。
「いいなー、魔法」
「イルさんは・・・いえ、なんでもありません」
火魔法の鳥は何かを言いかけて話を戻した。
「ところで、バッジャキラにはどのようなご用で?」
果たして光剣のことを話してもいいのだろうか。向かう途中やバッジャキラで、クランツが何か仕掛けてきて危険がないとは言い切れない。だがこっそりバッジャキラに向かっても、キュリバトにはバレてしまうだろう。
そもそも光剣は、闇の魔力をもっているクランツと戦うための重要な代物で、王家でも捜索中だ。母の手紙で光剣の在処がわかった時点で、レイフォナーに報告しなければいけなかったのだ。
アンジュはリュックから母の手紙を取り出してイルに渡した。火魔法の鳥はイルの肩に乗り、手紙を覗き込む。
読み終えたイルと火魔法の鳥は目を合わせ、視線をアンジュに移した。
「お前の母ちゃんはクランツと戦って・・・死んだのか?」
「・・・多分」
「そっか・・・で、光剣を手に入れるためにバッジャキラへ行こうと?」
「譲ってもらうことは無理でも、貸してもらえたらと思って」
火魔法の鳥は、アンジュの肩に飛び乗った。
「本体が来るまで待ちましょう」
一人でバッジャキラに行こうと思っていたのに、思わぬ同行者たちが現われた。本当に二人を連れて行ってもいいのだろうかと戸惑いつつ、どこか安心している自分がいた。初めて行く土地、初めて会う人たち、その人たちに会えるとも光剣を貸してもらえるとも限らず、恐怖や不安を抱いていたのだ。同行してくれるイルとキュリバトの存在はそんな感情を吹き飛ばしてくれて、前向きになれたような気がした。
イルの家の牛や羊と触れ合い、ハルと遊びながら時間を潰していると、二時間ほどでキュリバト本人がやって来た。
火魔法の鳥はキュリバトの肩に乗ると、溶けるようにして消えた。
「お待たせしました」
「やっぱ、はえーな」
「上級者なら当たり前です」
「ちなみにアンジュは何級?」
「・・・まだ下級ですね」
「ふははっ!」
何がおかしいのか、イルは笑いが止まらない。魔法学校で多少訓練した程度では、さすがに下級を脱することはできなかったようだ。クランツと戦うことを考えると、階級を上げないと厳しいだろう。訓練の時間をもっと増やす必要がありそうだ。
「いつまで笑ってるのよ!キュリバトさん、二人で行きましょうか」
アンジュはキュリバトの手を掴んで歩き出した。
「あ、待てよ!」
キュリバトが火魔法で大きな鳥を作ると、イルは置いていかれないよう一番乗りした。




