第53話 ナンパ
「着いたぁ」
風魔法を使って王都に到着したアンジュは、まずはお腹を満たすためパンを買った。その店の前にあるベンチに背負っていたリュックを置いて腰掛けた。
パンの包み紙を開くと、揚げたコッペパンに砂糖がまぶしてある。お昼ご飯のつもりで買ったが、どちらかというとおやつ感覚だ。大きな口を開けて齧り付くとパラパラと砂糖が落ち、甘さと食感に思わず笑みもこぼれてしまった。
半分ほどじっくりと味わって食べたが、残りは通りを行き交う人々に警戒しながら口に運んでいく。
この二週間、レイフォナーは村にやって来ることはなかったがここは王都だ。お忍びで街に出かけたり、巡回したりする神出鬼没なレイフォナーにばったり遭遇することだけは避けたい。目をキョロキョロと動かし、一人ひとり顔を確認していく。
できれば王都には近づきたくなかったが、母からの手紙に従い光剣を手に入れるため、バッジャキラ王国のロネミーチェの森に行く旅の資金が必要なのだ。すんなり光剣を貸してもらえるとは限らず、数日は滞在できる金銭的余裕がほしい。
イルに王都に行くと告げると、「俺も行こうか?」と心配そうに言ってくれた。ありがたい申し出だったが、自分の魔力ではまだイルを連れて飛ぶことはできない。かといって乗合馬車で行くと何日もかかってしまうため、今回は一人でやって来た。
「ごちそうさまでした」
食べ終わり、リュックを担いでまずは薬草を買い取ってくれるお店に向かった。
「あんたが持ってくる薬草は希少だし、状態もいい。いつもありがとね」
「こちらこそ。また持ってきます」
ワッグラ村の森に自生している薬草は普段よく目にしているが、王都の人にとっては珍しいようだ。今日も高値で買い取ってくれた。
そろそろ夕方に差しかかる時間で、いつものように日雇いでお世話になっている食堂に足を運んだ。
店の前に着いたアンジュは、なかなか中に入れずにいた。
ここはレイフォナーのお気に入りの店で、デートした場所でもある。もし遭遇したら、と思うとドアノブに手が伸ばせない。
「どうしよう・・・帰ろうかな」
だがバッジャキラに行くためには、薬草で得た金額だけでは心許ない。そもそもレイフォナーはこの店にはたまに訪れている程度だ。あんな美しい人に会ったら忘れるはずもなく、ここで働いているときに顔を合わせた覚えはない。
あれこれ考えるのをやめ、店に入った。
「こんにちは」
「あら、アンジュちゃん!いらっしゃい!」
空き皿やグラスを片付けていた店主の奥さんが、元気よく言った。
「えっと、今日は食べに来たんじゃなくて・・・人手足りてるかな?って思って」
「うちはいつも人手不足だよ。すぐ入れる?」
「はい!」
アンジュは店の奥にリュックを置き、手洗いをして、棚からエプロンを出して身に着けた。
何度もここで働いているため、店主や奥さんに詳しい説明を受けなくても自分の役割はわかっている。注文をとり、料理を運び、空いた席の片付けや洗い物担当だ。
「おねえさ〜ん!注文いい?」
「はーい!ただいま!」
空いたテーブルの片付けをしていたアンジュは、そう返事をした。
注文を聞きに行くと、四人組の男性の席だった。だいぶ酔っているのか、全員赤い顔をしている。
「おねえさん可愛いね。名前教えて」
「えっと・・・ご注文は?」
「名前教えてくれたら、注文してあげるよぉ」
「・・・アンジュです」
「アンジュちゃん、何時に仕事終わるの?」
「閉店までですが・・・」
「じゃあさ、そのあと俺らと遊ぼうよ〜」
「ええ!?えーっと・・・」
こういう誘いに慣れていないため、うまく断ることができない。この店はお酒を提供しているが、子連れの家族も訪れるようなアットホームな空間だ。ちょっかいをかけられるのは初めてだし、この人たちはなんというかガラが悪く、あまり関わりたくない。
そのとき、四人のうち一人がアンジュの腰に手を回してきた。
「きゃあ!」
「その反応かわいいね〜」
「やめてください!」
離れようとしたが、男の左手は逃げないようしっかりと腰を掴んでいた。さらに右手で太ももを撫で回してきて、獲物を狙うような目つきに吐きそうなほどの嫌悪感に襲われた。
「や、めて・・・!」
そのとき、アンジュの腰は解放され、男が呻き声を上げた。
「ぐああっ!いでででで!!」




