第51話 記憶
母からの手紙を読み終えたアンジュは情報量が多すぎて頭が追いつかず、ぼんやりと宙を見つめていた。
しばらくして再び手紙に目を落とした。
ラプラナ公爵家については名前を知っている程度だ。王城に滞在していたとき、王家の家系図を見せてもらったことがある。確か二百年前のアンジュ王妃の孫娘が、当時のラプラナ公爵に嫁いでいたはずだ。公爵家の家系図を見たことはないが、母や自分はアンジュ王妃の血を受け継いでいる可能性が十分にある。
「お母さんは光魔法を使えて、クランツ殿下と戦って死んだ・・・?」
闇魔法使いはすべてが悪人とは限らない。闇の魔力を使うことなく真っ当に暮らしていた者もいたと、闇魔法書に書かれていた。しかし母は手紙を書いたあとクランツと戦った。クランツを排除すべき人物だと判断したのだろう。しかし当時、クランツはまだ六歳くらいだ。そんな子供がそれほどまでに強力な力をもっていたと思うと、体がブルっと震えた。
そして、“光剣”の存在だ。王家で管理されていない光剣の在処がわかったのだ。
これまでクランツに操られたユアーミラに転移させられ、イルに殺されそうになった。クランツは明らかに自分を狙っている。いずれ戦うことは避けられないだろう。
光剣が具体的にどのようなものかはわからないが、光魔法を使いこなせていない自分には心強い代物だ。
追いつかなかった考えが整理できると、涙が溢れた。
母が亡くなったのはアンジュが八歳のときで、母との思い出はあまり覚えていなかったが、ぼんやりと記憶が蘇ってきたのだ。隣人のおばあさんに、刺繍やお菓子作りを教えてもらったこと。
家族三人で川に行ったとき、釣りをしていると男の子が現れたこと。そのとき母が父に、「アンジュを連れて逃げて!」と言ったこと。父に抱っこされて家に着き、ずっと父に抱きしめられていて、父は一言も喋らなくて、しばらくして母が大怪我をして帰ってきた。ほどなくして母は息を引き取った。
なぜそんな大事なことを忘れていたのだろう。
わざわざ手紙をおばあさんに託したのは、父に知られたくなかったからかもしれない。でも父はなんとなく、母と自分が特別な使命を背負っていると気付いていたように思う。
蘇ってきた両親との思い出に浸っていると、家のドアをノックする音が聞こえた。またクランツがやって来たのだろうかと、体がビクッと跳ね上がった。
「おーい、アンジュー?」
恐怖で胸がバクバクと鳴っていたが、聞き馴染んだ声が聞こえてきて、すぐにドアを開けた。
「イル!!」
「・・・ははっ!なんだよ、その顔。不細工だな!」
レイフォナーのもとを離れたことや、母の手紙を読んだことでたくさん泣いて目が腫れているアンジュを、イルは声を上げて笑っている。
彼の瞳は操られているときの漆黒ではなく、本来の美しい赤い瞳をしている。操られたあとは落ち込んでいた様子だったが、以前のような明るいイルに戻っているようだ。
アンジュはイルの胸に額を当てた。
「なんで・・・ここにいるの?」
「バラックのじいさんに、村に帰っていいって言われたから。キュリバトに送ってもらった」
「そっか。キュリバトさんは?」
「すぐ帰ったけど」
キュリバトは自分に魔法を教えてくれたり、護衛をしてくれていた。世話になったのに挨拶もせず帰ってきてしまった。怒っていたとしても致し方ない。
「色んなことがあったけど、あいつのことは早く忘れろ」
イルはアンジュを抱きしめ、背中を優しくポンポンとたたいた。
アンジュが村に帰ってきた事情を知っているようだ。
「・・・うん」




