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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇1章◇

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第44話 もどかしい



 アンジュはバラックの研究室でうなだれていた。椅子の上で両足を抱え、膝に額を乗せている。


「なんで光らないのよぉ・・・」


 光魔法書には、光魔法は怪我を治したり、心を癒したり、闇魔法を打ち消すことができると記されている。心を癒すとは、反省していない犯罪者を改心させたり、生きる気力をなくした心の病の患者を治すことだ。


 アンジュは毎日バラックのもとに通い訓練しているが、一度も光魔法を発動できなかった。イルの件でコツを掴めたと思ったのだが、とんだ勘違いだった。どうやら、その場の状況や心情に左右されてしまうようだ。

 試しに、収監されている犯罪者に光魔法を使ってみたのだが、全く効果がなかった。


「使いこなせているとは言えんのう」

「アンジュさんは緊迫した状況に強いのですよ」


 キュリバトはフォローしてくれたが、いついかなるときでも発動できなければ意味がない。


 イルは検査台の上であぐらをかいて、そんなアンジュを静かに見ている。

 アンジュを殺そうとしたこと、そのときのアンジュの苦しんでいる顔、アンジュを悲しませたことは一生忘れることはできないだろう。だがアンジュが置かれている状況を考えると、自分の心の傷なんかちっぽけに思えてくる。生まれ変わりや光魔法、王族や魔法士たちからの期待、それらは逃げ出したくなるほどのプレッシャーに違いない。くよくよしている自分が情けなく思えてきた。


「俺も魔法が使えたらな・・・」


 これまで何度そう思ったことか。そうすれば、アンジュのつらさをもっと理解できるだろうし、力になってやれるのに。


 イルの呟きが聞こえていたバラックは手のひらから水を出すと、机の上に置いてある半透明の石に垂らした。石は採掘したてのような歪な形をしており、手のひらサイズの大きさをしている。水は石を包み込みながら、美しい球体へと形を変えた。


 バラックはそれをイルに渡した。

「何?これ」

「よいか、今から水を外す」


 イルは不思議そうに首を傾げ、バラックは手に持っている杖をコツンと球体に当てた。するとそれは弾けるようにして消え、球体の中で浮いていた石はイルの手のひらにボトッと落ちた。


「どうじゃ、重いか?」

「めっちゃ軽いけど」

「・・・ほう?」


 イルは石が乗っている右手を、さも当然のように上下に動かして証明した。バラックはそれを興味深そうに観察し、イルにいくつか質問をしている。

 それを見ているキュリバトはいつもの無表情が消え、目を丸くしている。アンジュはわけがわからず、その様子をただ眺めていた。


 


 その日の夜、入浴を終えたレイフォナーは自室のソファに腰掛けている。その後ろに立つアンジュは、風魔法で髪を乾かしてあげていた。


「また村に行ってもいいですか?」

「え?」

「イルの両親に直接謝りたくて・・・それに、王城で過ごす間は定期的に村に行きたいのです」

「いいよ。そうだな・・・明後日なら私も行ける」

「ありがとうございます!でも殿下はご多忙ですし、キュリバトさんと二人で行きますよ?」

 そう言われたレイフォナーは表情が曇った。


 乾いた髪を手櫛で整えているアンジュの手は心地よいが、今の発言はなんとも心地悪い。気遣ってくれたのだろうが、お前は必要ないと突き放された気がした。絶望のような不快感が全身を駆け巡り、気持ちをうまく制御できない。


「アンジュ、おいで」

 叱るような声で言われたアンジュは、不思議そうな顔でレイフォナーの前に立った。

「私はアンジュに必要ない?」

「えぇ?」


 アンジュに頼られたい。一瞬たりとも離れたくない。自分だけを見てほしい。目を覚ましたイルに抱きついて泣きじゃくっているアンジュに、苛立ちすら感じた。そんなにイルが大事なのか。自分は頼りないのだろうか。

 一度不安になると色んな感情が溢れてくる。心が不安定になり、いつもの体裁が保てそうにない。アンジュのことになると、王子という特殊な立場でありながらも、一人の女性に恋い焦がれるただの男なのだと実感する。


 レイフォナーはアンジュを膝の上に乗せると、肩にもたれかかって抱きしめた。

「もっと頼ってよ」

 先程とは違い、どこか悲しそうな声だ。


 縋ってくるレイフォナーが可愛く見えてしまう。できることならずっとこの人の傍にいたい。だが、彼はいずれ婚約者候補と婚姻を結ぶのだ。そのことを考えると、胸が締め付けられるように痛む。

 光魔法を使いこなせるようになったら、この生活は終わりを迎える。こうやって一緒に過ごせる時間は残り少ないのかもしれない。いや、もともとレイフォナーのことは忘れようと思っていたのだ。それにユアーミラや王妃にもそう言われている。


 どう返事をしていいのかわからず、話題を変えることにした。

「殿下、そろそろ休みませんか?」

 アンジュは宥めるようにして、レイフォナーの頭を撫でた。

「・・・もう少しこのままで」

 

 そう言われ、会話が途切れた部屋は驚くほど静かになったことに、なぜだか少し緊張してしまう。ただでさえ抱きしめられているこの状況にドキドキしているのに、緊張でさらに大きくなってしまった心音は、部屋中に響いている気がして恥ずかしくなった。


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