第42話 治療
ある日、アンジュは王城の訓練場にいた。
光魔法書には、二百年前のアンジュは光魔法と光剣でクランツを封印したと記されていた。それがどのような代物かわからないが、アンジュも剣を扱えたほうがよいのでは、というサンラマゼルの提案で剣の稽古に来たのだ。
レイフォナーは騎士団の統括責任者という肩書をもっており、剣の腕もかなりのものだ。
本当は自分より実力のあるショールにその任を預けたいのだが、王子が上に立ったほうが騎士たちの士気があがるからと断られ続けている。実際は面倒くさいだけなのだろうが。
アンジュはチェザライとしばらく騎士たちの稽古を眺めていた。ここにいるのは新人騎士たちで、レイフォナーやショールが指導にあたっている。中には女性の姿もあり、男性にも引けを取らない実力と勇ましさが窺える。
「すごい迫力ですね」
「本日はレイフォナー殿下がいらしてるので、騎士たちの気合いはいつも以上です」
アンジュの横でそう言ったのは、普段騎士たちに指導をしているマイルという人物だ。ショールにも負けず劣らずの体格で、渋みを纏った色気のあるおじさまだ。
そこへ、息を切らしながらショールがやって来た。
「おい!なんで俺が指導しなきゃいけねえんだよ!親父がやれよ!」
「お前なぁ、これしきのことでへばってるのか。そんなことで殿下をお守りできるのか?」
アンジュは二人を見比べてみた。確かに体格だけでなく髪色や目も似ている。
「お二人は親子なのですか?」
「私の次男で、とんだ馬鹿息子です」
「誰が馬鹿だ!こらあああぁ!!」
ショールはマイルに突っかかり取っ組み合いが始まったが、秒でマイルの勝利が決まった。頬を地面に押し当てられ、手も足も拘束されているショールは白旗を振るしかない。
「いってー!折れる!死ぬっ!!降参!!」
「ショーくん、ダサすぎ」
解放されたショールは父の指示に従い、トボトボと指導に戻っていった。
「では、アンジュさんも稽古を始めましょうか」
「は、はい!よろしくお願いします!」
機嫌を損ねたら、ショールのように絞め技を食らうのだろうか。そうビクビクしていたアンジュに、マイルは木剣を渡した。実際、騎士たちも木剣で稽古をしている。
「この木剣は、標準サイズの剣を模したものです」
「大きい・・・」
剣の各部名称から、いくつかある握り方の説明を受けていたとき、ざわめきとともに「大丈夫か!?」という声が聞こえた。振り返ると騎士が一人地面に倒れており、その横でレイフォナーが声をかけている。
マイルとアンジュ、チェザライもそこへ向かうと、その騎士は目を見開いたままピクリとも動かない。どうやら剣を避けたときにバランスを崩して頭を打ったらしい。
「侍医を呼ぶね」
そう言ったチェザライが風魔法で作ったカラスのような鳥は、物凄い速さで飛んでいった。
レイフォナーは首に手を当てると、脈は途切れそうなほど弱かった。
侍医の到着まで時間がかかる。その間にこの若い騎士はおそらく命を落とすだろう。光魔法なら救うことは可能だろうが、現状使いこなせていないアンジュにもし治療を頼んで失敗すれば、一生自分を責め続けるだろう。人命とアンジュの精神的負担。優先すべきは前者だとわかっているが、アンジュを苦しめたくないという思いが勝ってしまう。
そのとき、アンジュが騎士の横に腰を下ろした。
「・・・アンジュ?」
「やってみます」
そう言って深呼吸をし、騎士の手を両手で包んで目を閉じた。
アンジュはそのままじっと動かず、額には汗が滲んでいる。ほどなくして頷いたり、はい、と言い始めた。まるで倒れている騎士と会話しているようだ。
「素晴らしいですね。私は、その志を貫くためのお手伝いをしたい。あなたを助けたい!」
すると、アンジュの手のひらが黄金に光り出し、それは騎士を包み込んだ。
しばらくすると光りが消え、倒れていた騎士は何事もなかったかのように上半身を起こした。仲間たちに驚愕の顔を向けられていることや、アンジュに手を握られていることにキョトンとしている。
「できた・・・」
緊張の糸がほぐれたアンジュは涙が溢れた。
光魔法を使いこなせていない自分では、助けることは無理だとわかっていても見過ごすこともできなかった。
騎士の手を握ったとき、彼の意思が流れ込んできた。かつてレイフォナーに命を救われたことをきっかけに忠誠を誓い、騎士になったそうだ。まだ恩を返せていないため死にたくないという強い気持ちに、応援したい、助けてあげたい、と思うと手のひらが光り出したのだ。
レイフォナーはアンジュを抱きしめた。
「アンジュ、ありがとう!君の魔法はなんて素晴らしいんだ!」
「すごい・・・奇跡だ!!」
マイルもそう言うと、周りの騎士たちから歓声が上がった。




