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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇1章◇
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第4話 約束



 普通にと言われたが、そもそも自分のような田舎者が王族と話をしているだけでも恐れ多いのに、これまで通り接してもいいのだろうか、と戸惑ってしまう。

 それに、レイフォナーと話をしているとドキドキして、うまく言葉が出てこないときがある。といっても、これまで大した話はしていないが。だが今この時間が終われば、こんな高貴な人物に会うことはもう二度とないだろう、と深く考えないことにした。


 アンジュがふと視線を落とすと、レイフォナーの手の甲の汚れに目がいった。

 田舎者の持ち物なんて使わないかもしれないが、ポケットからハンカチを取り出す。


「よろしければ使ってください。あの、手が・・・」

 レイフォナーは汚れに気づき、躊躇することなくハンカチを受け取る。

「ありがとうございます。でもこんなに美しい刺繍の入ったハンカチを汚すのは、気が引けるな」

「た、大したものではありませんので・・・」

「もしかして、この刺繍はあなたが?」

 アンジュは頷く。

「へえ、すごいな!とてもお上手ですね」


 ハンカチの刺繍は、四隅に二本ずつの花とそれに蝶が戯れているようなデザインだ。子供の頃に隣人のおばあさんに刺繍を教えてもらい、今ではアンジュの趣味となっている。


 この国の身分の高い人たちは基本的に刺繍をしない。刺繍が施されたハンカチやドレスを身に着けることはあるが、刺繍そのものは洋服屋の職人や平民が趣味でやること、という認識だ。


 レイフォナーがじっくりとハンカチを眺めている間に、アンジュは彼のマントに濡れている部分を見つけ、風魔法をかける。

 すると、あっという間に乾いてしまった。


「あなたは風魔法士でしたか」


 レイフォナーはマントを触りながら、驚いた表情を見せている。こんな田舎に、魔法を使える者がいるとは思っていなかったのだろう。


「いいえ、簡単な魔法しか使えないただの風魔法使いです。殿下は水魔法をお使いでしたね」


 そのとき、レイフォナーの顔の辺りに一匹の蝶がやって来て、羽で頰をペチペチと叩いた。蝶は全体的に白いが、表面の所々に緑色の風が流れている。

 銀髪の風魔法士が作った白い蝶はレイフォナーの肩に止まり、彼が部下たちのほうに目を向けると、全員が「まだ?」という顔でこちらをじーっと見つめていた。

 

「はあ、視察に戻らなくては。このハンカチ、もらっても?」

「構いませんが・・・」


 よほど気に入ったのだろうか。レイフォナーは愛おしそうにハンカチを見ているが、王族が持つような高級なものではない。刺繍は職人並みの出来だが、生地は隣町の裁縫具屋で買った安いものだ。


「この刺繍を見ていると心が温かくなります」

「・・・ありがとうございます」

「今度ここに来るときは、代わりに何かお持ちしましょう。あなたの名前を教えてもらえますか?」


(そうだわ!私、名乗ってなかった!)


「アンジュと申します」

「アンジュ・・・よい名だ。ではアンジュ、またお会いしましょう」

 そう言って、マントを翻し視察に戻っていった。

 

 アンジュはレイフォナーの後ろ姿から目が離せない。背筋を真っ直ぐに伸ばして歩き、マントの揺れ方も、一歩一歩進むたびに鳴る砂利を踏む音でさえも美しい。


(本当に綺麗な方・・・それに王族って傲慢なイメージだったけど、全然そんなことなかったな)


 そこへイルがやって来た。

「誰?今の金髪。仲良さそうだったけど」

 

 どう説明すればいいのか。以前酔っぱらいの男たちから助けてもらった、と言ったらきっと心配するだろうし、「何やってんだよ!」と怒られそうな気もする。男たちに絡まれたことは黙っておいたほうがよさそうだ。


「前に王都でお世話になった方よ」

 とだけ言うと、イルはレイフォナーの後ろ姿を見つめながら、面白くなさそうな顔をする。

「ふーん。アンジュはああいう男が好みなの?」

「えっ!?うーん・・・わかんない」


 アンジュはまだ恋をしたことがない。異性を見てかっこいいな、優しいな、と思うことはあるが、それ以上の感情が湧かないため好みを聞かれても答えることができない。


 だが、生まれて初めて異性に対して胸が高鳴っている。


(王都で助けてもらったときも今も、レイフォナー殿下にだけドキドキするのはどうしてだろう・・・)


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