第39話 眠り
アンジュたちは王都の魔法学校の研究棟にあるバラックの研究室に集まっていた。検査台で仰向けになっているイルは、昨日から眠り続けたままだ。
バラックがイルの体を調べたところ、アンジュの魔力の痕跡しか確認できなかった。操られたのなら操った人物の魔力が残っていそうだが、アンジュの光魔法によって操った人物の魔力は完全に浄化されたようだ。
「お前たちの話から、この少年は操られていたと見て間違いない」
「どうしてイルが・・・」
「理由はわからんが、お前さんに近しくて操りやすい人物を狙ったのじゃろう」
「操りやすい?」
「闇魔法には相性がある。野心高い者、負の感情に囚われておる者なんかは操りやすいんじゃ」
アンジュはイルの頬を優しく撫でた。
「ごめんね、イル・・・」
ちゃんと温かく、血色もよく、穏やかな顔で眠っている。
だがいつ目を覚ますのかわからない。昨日の苦痛に満ちた顔や呻き声を思い出すだけで、胸が締め付けられる。自分のせいでイルを巻き込んでしまった。イルはおそらく、レイフォナーへの嫉妬や恨みが募っていたのをつけ込まれたのだ。
「バラック先生、クランツの部屋の調査結果は?」
「ワッグラ村の森に残っておった魔力、クランツ殿下の部屋の魔力、数日前に感知した魔力はすべて一致した。イルはクランツ殿下に操られたんじゃろう」
「えーっと?森に残っていた魔力はユアーミラ皇女が使ったんだろ?なんで一致するんだ?」
「ショーくん、闇魔法書読んだでしょ?操られてた人は、操った人の魔力が移るの。ユアーミラ皇女もクランツ殿下に操られてたんだよ」
それでもレイフォナーは希望を捨てきれない。クランツが一連の出来事の首謀者ではないと、今でも否定する気持ちが残っているのだ。
「クランツも誰かに操られている可能性は?」
「ないとは言い切れんが、お前も読んだはずじゃ。光魔法書を」
「・・・はい」
「お前とアンジュ嬢は二百年前の二人の生まれ変わり、クランツは二百年前の封印が解けたと考えておる。お前たち三人が同じ時代に揃ったのは、もはや偶然ではなかろう」
そんなクランツは、貴重書室で光魔法書を読んだ日から一度も王城に戻ってきていない。ユアーミラも相変わらず行方不明だ。
「クランツはどこにいるのでしょうか?」
「わからん。闇魔法は魔力を隠せるんじゃろうな」
バラックはアンジュが転移させられてからずっと魔力の持ち主を追跡しているが、この世界のどこにもいないのだ。すでに死んでいるか世界の狭間にいるかとも考えたが、数日前にワッグラ村で魔力を感知したということは、それらが理由ではない。闇魔法のなんらかの能力で魔力を感知妨害されている可能性が高い。実際、闇の魔力が充満していたクランツの部屋には結界が張られていた。
「ところで、先生は光剣を見たことはありますか?」
「いや、どこにあるのかすら知らん」
レイフォナーは国王にも聞いてみたが、バラックと同じ回答だった。
二百年前にクランツを封印した重要な代物を、当時の国王はなぜ王城で保管しなかったのだろうか。光魔法書には、国内のとある貴族に管理を託したと記されていたが、現在その貴族の所在はわかっていない。ある日突然、一族ごと姿を消したそうだ。
アンジュたちは王城に戻った。サンラマゼルも加わってレイフォナーの執務室に集まっている。
レイフォナーは、隣に座るアンジュの首に手を伸ばした。イルに力いっぱい首を絞められて、痛々しい痣がくっきりと残っている。
「痛む?」
「見た目はあれですが・・・痛くないですよ」
「私がもっと早く止めに入っていれば・・・」
「でもさ、すごかったなー!光魔法!」
「アンジュちゃんとイルくんには悪いけど、いいもの見せてもらったよね〜」
「二百年ぶりの、光魔法使いの誕生ですね」
光の魔力を得たことは、国を挙げて祭りを開催してもいいほどめでたいことらしいが、アンジュはまだ発表しないようレイフォナーに頼んでいた。実感がないからだ。目醒めた光魔法は、イルの件でしか成功できていない。
昨日から眠っているイルに早く目が覚めるように、心が闇に囚われているのならそれを浄化するようイメージして、何度も光魔法を使ってみたが一度も発動しなかった。