第38話 光魔法、発動
その瞳はどこか虚ろだが、憎しみがこもっているように見えた。
「・・なん、で・・・だよ・・・」
「イ、イル?」
見覚えのある瞳と話し方だ。以前、転移魔法を使ってきたときのユアーミラとそっくりだ。
「感知した闇魔法は、イルを操ったときのものだったんだわ!」
数日前、バラックはワッグラ村で闇魔法を感知したという知らせをもってきた。レイフォナーは帰省を渋っていたが、行方のわからないクランツに接触できる機会かもしれないと、アンジュは魔法士たちと説得して帰省を決行してもらったのだ。
また飛ばされるかもしれないと思い、手を振りほどこうとするがびくともしない。握っているイルの手は、さらに力が入ってしまった。
「イル!私の言葉わかる!?」
「・・・なん、で・・・な、んで、だよ・・・」
「正気に戻って!イル!!」
少し離れた場所から二人の様子を見ていたレイフォナーは、異変を感じたようだ。
「様子がおかしくないか?」
「アンジュちゃんが焦ってるような?」
「ケンカかな」
イルは掴んでいた手を離すと、その瞬間アンジュを押し倒して馬乗りになった。両手をアンジュの首にかけ、憎悪を込めて力いっぱい絞めはじめる。
「や、めぇ!うぐっゔぅ!」
「・・・なん、で・・・·な、んで・・・!」
「アンジュ!!」
レイフォナーたちは走り出した。
すぐさまキュリバトが火魔法で縄を作り、イルに向けて放つ。それはイルの腕と胴を一括りにし、締め上げるようにして巻き付いた。おかげでアンジュは解放されたが、ゴホゴホとむせている。
「うっ、がああっ!!・・・なん、で・・・!違う!お前はなんだ!?俺の中から出ていけ!ぐあああああぁぁぁ!!」
イルの瞳は黒いままだが自我が垣間見え、完全に操られているわけではないようだ。なんとかして、イルを元に戻さなければ。
「アンジュ!大丈夫か!?」
レイフォナーはアンジュを抱き起こし、首を優しくなぞった。
「は、い・・・」
ショールとチェザライは冷静な表情でイルを見ている。
「あいつ、操られてんのか?」
「そうみたいだね」
そんな会話の間にも、イルの呻き声は止むことはなかった。
地面に両膝を付き、顔は苦悶に満ちて汗が流れ落ち、自分の内なる何かに抗っているようだ。拘束を解こうと体を左右に動かしているが、キュリバトは握っている縄を緩める気配はない。
そんな姿を見ていられないアンジュはイルを抱きしめた。
「イル!戻ってきて!イル!!」
すると、アンジュの手のひらが黄金に光り出し、その光りはイルを包み込んだ。イルは動きがピタリと止まったかと思うと、天を仰ぐようにして呻き声を上げた。
「ぐっごおっ、があぁ!うぇああああぁぁ!!」
レイフォナーたちは眩しそうにしながらも、その光景から目が離せないでいる。
「黄金の光り・・・これは光魔法なのか!?」
そして、苦しんでいるイルの口から黒い湯気のようなものが現れた。アンジュは直感的に、それがイルを操っている正体だと感じた。
「邪魔だわ!イルの中から出てって!消えて!!」
すると湯気はイルの中から追い出されるようにして流れ出た。
「ゔああぁぁ!あゔがぁぁぁああー!!」
湯気が完全に消えて黄金の光も収束すると、静かになったイルはアンジュにもたれかかるようにして気を失った。




