第37話 帰省
翌日、アンジュとレイフォナー、ショールにチェザライ、そしてキュリバトは、魔法で作った龍や鳥に乗ってワッグラ村に向かっていた。
「村が見えてきた!全員、気を抜くなよ!」
「はい!!」
レイフォナーの号令に、全員が声を揃えて返事をした。
村に到着すると、バラックが派遣していた魔法士数人が調査を兼ねた警備をしていた。いつも穏やかな雰囲気の村が、どことなく緊張感に満ちている。だが久しぶりに会う村人たちは普段通りの様子で、アンジュを大喜びで迎えてくれた。その中にはイルの姿もあった。
「お前、あんま心配させんなよ!ていうか、なんかいつもと雰囲気が違う」
「心配かけてごめんね」
アンジュは王城での生活に馴染んだのかすっかり垢抜けていた。身に着けているものも高級感のあるワンピースや宝飾品で、侍女渾身の上品でありながら愛らしい化粧も施している。
「イル、約束は守ったぞ」
「まあ、うん・・・そうだな」
素直に礼が言えないイルを、レイフォナーはクスクスと笑った。それを見ていたアンジュは二人がどんな約束を交わしたのか知らず、首を傾げている。
それに二人の関係は以前に比べると、トゲトゲしさが薄れているように感じた。
村人たちに囲まれたアンジュは、心配かけたことを謝って会話を楽しんだ。
慣れ親しんだ人たち、言葉遣い、村ならではの会話。すべてに心がほぐれ、王城にいるときの緊張感から開放された。多少は城での生活に慣れつつあったが、自分にはやはり村の雰囲気が合っているのだ。
その後、自宅に向かった。
庭は枯れ放題かと予想していたのが、転移前と変わらない光景だった。野菜も花も元気に育っており、草むしりもしてある。足が悪いにもかかわらず、隣のおばあさんが毎日手入れをしてくれていたのだ。
「ありがとう、おばあさん!」
「枯れたらかわいそうだからね。お前が留守の間は、私が世話するよ」
アンジュは家の中に入り、窓を開けて空気を入れ換えた。たった一か月離れていただけなのに、狭くて質素で見慣れているはずの我が家は、久しぶりに訪れた知人の家のような懐かしさだ。本当は掃除もしたいところだが、また今度にしよう。
そして、今回の帰省の最後の目的を果たすべく、イルと二人で話がしたいとレイフォナーに頼み込んだ。なんの話をするのか察してくれたようで、自分たちの目の届くところでならという許可をもらった。
イルと二人で河原に座り、レイフォナーたちは少し離れた場所で待機している。
「私、レイフォナー殿下が好きなの」
イルは予想していたのか、表情を変えることもなく冷静だ。
「あいつと結婚できるとでも思ってるのか?身分差を考えろよ。やめとけ」
「わかってる。今は事情があって王城でお世話になってるけど、それが終わったら殿下とはもう会わないから。だからといって、イルの気持ちには応えられない・・・ごめんね」
気まずい空気が流れているせいか、イルは何も言ってこない。気持ちはちゃんと伝えたし、この場に自分はいないほうがいいのかもしれない。
「じゃあ、私行くね」
そう言って立ち上がったとき、手首を掴まれた。
「え?」
イルを見たアンジュは震撼する。さっきまで赤色だった瞳が、漆黒に変化していたのだ。




