第36話 気がかりと甘やかし
アンジュはキュリバトと王城の庭をブラブラと散歩している。
「気持ちいい〜」
「お散歩日和ですね」
「付き合わせて、すみません」
「遠慮は無用です」
キュリバトとは毎日顔を合わせている。レイフォナーより一緒にいる時間が長い。魔法学校では訓練で指導してくれて、王城では護衛に当たってくれている。
出会ってまだまだ日は浅いが、距離は縮んできたように思う。物腰が柔らかく、同い年でありながら上級魔法士で頼りになる人物だ。そんなキュリバトは丁寧な言葉遣いに、優しい喋り方と雰囲気を放っているが、常に無表情だ。
それにしても、侍女たちに整えてもらった格好で、快晴のもと慣れないながらも日傘を差しつつ、そよ風に乗って香る花の匂いに包まれるこの時間は、ただの散歩なのに贅沢極まりない。魔法訓練の疲れも吹き飛ぶようだ。
歩いていると、中年男性の庭師が花の手入れをしていた。土いじりが好きなアンジュはそれを羨ましそうに眺める。
いつか自分にもやらせてもらえないだろうか。だが、素人の自分が手を加えたことで、歪な出来になってしまったら大惨事だ。やめておこう。それにレイフォナーが用意してくれた高級なワンピースを汚すわけにはいかないし、洗濯をしてくれる使用人にも手間を掛けさせられない。
「お疲れさまです」と庭師に挨拶してみた。
植物や庭造りの専門家にたくさん聞いてみたいことがあるが、時間をとらせるのも迷惑かと思い「薔薇を育てるのは大変ですか?」と一つだけ質問をした。王城の美しい薔薇たちに興味をもったのだが、これまで薔薇を育てた経験がないのだ。
庭師は質問が嬉しかったのか、「品種によって育て方が異なります」と言って、楽しそうに事細かく丁寧に説明してくれた。その話を聞いて気になったことを質問し、説明を受け、また質問する。気づけば、結構な時間を使わせてしまっていた。
「とても勉強になりました。ありがとうございました」
アンジュは深くお辞儀をした。
「僕のほうこそ、楽しい時間をありがとうございました。気になることがあれば、いつでもどうぞ」
そう言った薔薇が大好きな庭師は、ご満悦の表情だ。
東屋に到着し、椅子に座って咲き誇る花を眺める。
「なんて穏やかなの・・・」
「アンジュさんは怖くないのですか?明日の帰省」
「怖いですけど、どこにいても危険であることに変わりないですから」
そこへ、レイフォナーがショール、チェザライと共にやって来た。侍女たちも連れている。
レイフォナーは右手を胸に当て、軽く頭を下げた。
「アンジュ姫、本日もなんと清麗高雅なのでしょう。不肖ながら、ティータイムにお誘いすることをお許しください」
そう言われたアンジュは一瞬ポカンとしたが、ノッてみることにした。
「・・・まあ、私をお誘いいただけるの?」
「我が双眼に映り恋い焦がれるのは、いつもあなた様だけですから」
「嬉しいわ、レイフォナー様。どうぞ、おかけになって」
レイフォナーは笑いながら椅子に座った。ショールとチェザライは、白けた顔をしている。
レイフォナーがなぜこんな小芝居を打ってきたのかわからないが、なんとか切り返せたように思う。恋愛小説ばかり用意し、強制的に読ませる侍女たちのおかげだ。
「お仕事はよろしいのですか?」
「うん。サンラマゼルに休憩してこいと言われた」
「レイフォナー殿下はお芝居がお上手ですね」
「ふふ、アンジュも上手だったよ。でもね、さっきのは芝居のようでそうじゃない」
「??」
どういう意味なのか聞きたかったが、用意された紅茶やお菓子に目がいってしまい、タイミングを失ってしまった。
執務に追われているレイフォナーとゆっくり過ごせる時間は多くない。最近は朝起きると、すでにレイフォナーの姿がなかったり、食事も別だったり、先に寝るよう言われたりとすれ違ってばかりだ。自分の帰省に同行するために仕事を前倒しして、時間を作ろうと無理をしているのだ。
「この数日、バラック先生から追加の報告ねえよなー」
「明日、本当に行くの?」
ショールとチェザライは、アンジュの帰省は絶対中止になると思っていた。魔法士たちは決行派、中止派にわかれていたが、最終的に決断を下したレイフォナーは、アンジュの意見に左右されたようだ。
アンジュは欲がない。いつも遠慮、というか身分を弁えてのことだろうが、あれがしたいこれがほしい、などとまったく言わない。そんなアンジュが、バラックの知らせを聞いても村に行きたいと訴えてきたのだ。
「だって、アンジュにおねだりされたんだぞ!これを無下にしたら、私は死んでも死にきれない!」
「だって、言うな!子供か!」
「レイくん、チョロすぎ〜。あと、お願いだから死なないでね」
「アンジュを囮にしているようで少し心苦しいが」
「すみません、私が我儘を言ったばかりに・・・」
「この程度のこと、我儘とは言わないよ。私にとって、アンジュの望みを叶えることは悦びなんだ」
アンジュの頬は赤くなって、俯いた。
「あ、甘やかさないでください」
「もっともっと甘やかしたいな」
甘やかして、自分がいないと生きていけないのだと、依存させたいくらいだ。
それに、王城では慣れない生活を強いて、行動もかなり制限している。村でのびのびと生活してきたアンジュは窮屈に感じているはず。珍しく自身の意見を主張してきたのだ。思いを汲んでやりたいと思うのは至極当然のことだ。
「おい、甘ったるい空気を作るな」
「また僻む〜」
それまで黙っていたキュリバトが話を戻す。
「帰省は考え直されたほうがよろしいのでは?」
「いや。何か起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。私たちは万難を排してアンジュを守護するのみだ」
「みなさん、よろしくお願いします!」
アンジュは深々と頭を下げた。
もともと帰省は、気分転換をしに行くつもりだった。村のみんなに会って、心配かけたことを直接謝って、家の庭の様子を見るだけ。それなのに今は大事になってしまっていることが申し訳ない。普段は守られる立場のレイフォナーが、自分を守るとまで言ってるくらいだ。
明日は目的を果たしたら、長居せず王城に戻ることにしようと決めた。




