第35話 ナイトキャップ
魔法学校に通い始めて、数日が経った。
光魔法の訓練では、目醒めた魔力を認識することができるようになっていたが、まだ魔法を使えるまでには至っていない。目の前に怪我人がいると想定して、怪我を治すイメージでやっているが一度も発動できていない。
バラックには、風魔法を初めて使ったときのことを思い出せと言われたが、無意識にできたため参考にはならない。子供の頃、風があれば早く髪が乾くのに、と思ったら勝手に手のひらから風が出たのだ。
ただ、風魔法で鳥を作り出すことができた。といっても、スズメほどの大きさだ。レイフォナーたちが作り出すような、大きな生き物はまだ作れない。
魔法以外にも悩みがある。
レイフォナーのことだ。ユアーミラだけでなく王妃にも釘を刺されてから、レイフォナーと過ごす時間が一方的に気まずい。王妃のことは気にするなと言われたが、城での生活がずっと続くわけではない。毎日顔を合わせ、一緒に眠る至福の時間を味わうと、いつか来る別れを考えるだけで涙が出そうだ。
最近元気がないアンジュを見かねたレイフォナーは提案した。
「毎日訓練ばかりで疲れただろう?一度、村に戻ってみる?」
「よろしいのですか!?」
転移で飛ばされてから一か月以上、村には帰れていない。イルやみんなに会いたいし、家の庭の様子も気になっていた。
「もちろん、私も行くからね」
夜が更ける頃、レイフォナーは父である国王と二人きりで酒を交わしていた。クランツのことや今後について、そしてアンジュの話をしている。
「母上にも申し上げましたが、アンジュは城に滞在させますので」
「お前の連れてきた娘が光の魔力に目醒めたとはなぁ・・・妃に相応しいではないか」
「アンジュはそれを差し引いても、妃に相応しいですから」
「ほう?だが、身分も教養もない」
「人格が優れているのですよ」
するとレイフォナーはアンジュの魅力を存分に語りだしたが、国王は右から左に聞き流している。これまで女性に本気になったことがないレイフォナーのデレ顔は面白いが、息子の惚気話など体が痒くなってしまいそうなのだ。
「国を背負う者は、身分や教養だけがあればいいとは思えません。国はほとんどが平民です。彼らの暮らしを理解している者が上に立つことこそ、国の発展に繋がります」
「まあ、一理ある。だがお前は一夫一妻主義なのだろう?婚約者候補の姫たちはどうするのだ?」
「それは・・・」
まさしく、そのことがレイフォナーの悩みの種なのだ。
妃は一人しかもつつもりはない。それはただ一人、アンジュだけだ。だが他国との友好関係を続けるためには、候補者たちとの婚姻を蔑ろにもできない。
「父上のお考えは?」
「三人とも娶ればよい」
聞くだけ無駄だった。
自分が一夫一妻主義なのは、父の影響だ。父の妃は王妃一人だけ。しかも王妃は他国の王族ではなく、メアソーグ国の侯爵家出身だ。一人の女性だけを愛し抜いている父は自分にとって憧れであり、複数の妃をもつことは彼女たちに対して不義理に思えて仕方ない。
「父上には、他国の婚約者候補はいなかったのですか?」
「いたよ」
「なぜ全員娶らなかったのですか?」
「教えてあげない。まあ、せいぜい悩むことだな」
面白がっている顔の父を、レイフォナーは目を細めて見つめた。
「楽しそうですね」
「ははは!なんでもそつなくこなすお前の悩んでいる姿は、見ていて愉快だ。今日の酒は格別に美味いなぁ!」
「・・・意地が悪いですよ」
翌日、バラックが緊急の知らせをもってきた。それは、アンジュの帰省を思いとどまる内容だった。