第34話 二百年前のアンジュ
今から約二百年前の最後の光魔法士として描かれていた人物は、アンジュと瓜二つだった。しかもその人物の名前は“アンジュ”と書かれている。
「わ、私・・・?」
レイフォナーは“アンジュ”の説明文を読み上げる。
「ワッグラ村出身のアンジュは風と光の魔法士である。第一王子レイフォナーに見初められ子を身籠り、妃となった。その年、光魔法と光剣で、国に災いをもたらしていた闇魔法使いの第二王子クランツを封印することに成功した・・・」
説明文はまだ続いているがレイフォナーはそれ以上は読まず、四人は無言になってしまった。
アンジュは自分と全く同じ顔、同じ名前の肖像画から目が離せない。
出身地や有する魔力も一致していて不気味にさえ思う。レイフォナーやクランツの名が出てきたことも偶然なのだろうか。
「この方は私のご先祖様でしょうか?」
「そうだとしても似すぎてるな。アンジュはこの人物の先祖返りか生まれ変わりなのか?」
「それを言うならお前とクランツ殿下もだろ?」
「クランツ殿下、闇魔法使いなのかな?」
「あいつが・・・?」
レイフォナーはとてもじゃないが信じられない。
クランツは王位継承に興味がなく、兄弟仲は良い。勉強熱心で部屋に籠もってばかりだが、時々顔を合わせるといつも笑顔で話しかけてくれ、明るい性格を好ましいと思っている。部屋に籠もってばかりの弟を、不気味に感じている者もいるが。
「クランツに話を聴きに行こう」
四人はクランツの部屋の前にやって来た。
レイフォナーがドアを何度かノックするが応答がない。ドアを開けようとするが、中から鍵がかかっている。チェザライが手のひらから風を出すと、風はドアの隙間から中に入って内鍵を開けた。
ドアを開けると、黒い湯気のようなもので出来た鎖が、何本も乱雑に掛かっていて先を塞いでいた。その奥は暗く、中の様子が見えない。レイフォナーが鎖を触ってみると、バチッと弾かれてしまった。ショールとチェザライも試してみたが、同じ結果だった。
これをどうにかしない限り部屋の中には入れないため、バラックを呼ぶことにした。
アンジュは興味本位で鎖に手を伸ばすと、弾かれることなく鎖を掴むことができた。鎖をかき分ければ入れそうだ。
部屋の中に足を入れようとしたとき、レイフォナーに腕を掴まれた。
「何をしてる!?一人で行くな!」
「す、すみません」
アンジュは怒られたことよりも、いつも穏やかなレイフォナーでも怒ることがあるのかと驚いている。
しばらくしてバラックが到着した。
「この鎖は結界のようなものじゃ。魔力を隠すために張ったのかもしれん」
バラックは鎖に手を伸ばすと、手のひらが淡黄色に光り出した。鎖はゆっくりと溶けていき、一本が千切れるとすべての鎖が跡形もなく消えた。
「すげー!」
「先生って本当は光魔法士なの?」
「いや、今のは光に似せただけじゃ」
中に入ってみると誰もいないが、その代わりに不気味な魔力が充満していた。この空間にいるだけで、レイフォナー、ショール、チェザライは気分が悪くなってくる。
「村の森に残っていた魔力と同じような不気味さだ」
「気持ちわるぅ」
「これって闇の魔力でしょ・・・ううぅ」
「??」
アンジュは至って平気そうで、バラックも平然としている。
レイフォナーはすぐに国王へ報告し、バラックにクランツの部屋を調べさせることにした。
アンジュはその日の夜、一人で夕食を済ませた。
レイフォナーはクランツの件で国王と話し合いに時間を割き、通常の執務もこなさなければならず大忙しなのだ。
そろそろいつも就寝している時間になる。今日はもう顔を合わせないだろうと思っていると、レイフォナーがやって来た。だが、寝衣姿ではなく昼間の格好のままだ。
二人はソファに腰を下ろした。
「今日は疲れたでしょ?」
「そうですね。ちょっと混乱してます」
レイフォナーはアンジュを抱き上げ、自分の膝の上に乗せると話題を変えた。
「母上が君に失礼なことを言って、すまない」
「いいえ、王妃様のお考えは正しいです」
そうだった。二百年前のアンジュのことやクランツのことで頭がいっぱいだったが、王妃からは村に帰るよう言われていたのだ。それにしても王妃と会ったことを知っているとは、自分の行動はすべて筒抜けのようだ。
「アンジュは城にいていいからね」
「ですが・・・」
「魔法の訓練があるでしょ?・・・いや、それは建前だな。私がアンジュと一緒にいたいんだ」
そんなことを言われたら、レイフォナーへの恋心を捨てられなくなりそうだ。何度も村に足を運んでくれて、島まで迎えに来てくれて、城でもてなしてくれて、一緒にいたいと言う。自分のことを好きなのではと勘違いしそうになる。
「母上のことは気にしなくていい。公務でしばらく城を離れるから」
「・・・はい」
帰れと命令されたのに滞在を続けて、あとで怒られないだろうか。レイフォナーはそんな心の中を察したのか抱きしめてくれた。「大丈夫だよ」と言って、背中を優しくトントンとたたき始める。その律動は心地よく、あやされている子供になった気分だ。
「そろそろ寝る?私はまだ執務が残って・・・アンジュ?」
心が安らいだアンジュはレイフォナーの腕の中ですでに寝ていた。
「ふふ、ゆっくりおやすみ」
レイフォナーはアンジュをベッドに寝かせ、頬にキスをした。




