第32話 王妃の圧
その日の午後。
アンジュは使わせてもらっている部屋でお茶を飲んでいた。レイフォナーは執務中で、部屋には侍女が数人と、護衛の火魔法士がいる。
「実感ないなぁ・・・」
そもそも光と闇の魔法はどちらもお伽話だと思っていたし、詳しくは知らない。バラックの調査結果は確かなのだろうが、自覚がないため自分の内に存在するその力に戸惑いが消えない。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。侍女が対応しているがどうも様子がおかしい。慌てているようだ。
話が終わったのか、その侍女がアンジュに駆け寄ってくる。
「たたたた大変です!王妃様からお呼び出しです!!」
「えっ!?」
アンジュは急いで身支度を整え、指定された場所に向かう。
王城にいくつかある庭園の一つ、紫の薔薇園だ。
歩みを進めるアンジュは緊張で汗ばみ、胸がドクンドクンと跳ねる。なんの用なのだろうか、粗相をしないだろうか、と不安に圧し潰されそうになる。
次第に、紫の薔薇の生垣に囲まれた東屋が見えてきた。薄紫のドレスの女性が座っており、周りに数人の侍女が控えている。
気品と威厳に満ち溢れた高貴なその女性は、レイフォナーの実母である王妃だ。
レイフォナーと同じ青い瞳だが、印象が全く違う。レイフォナーは慈愛に満ちた温もりのある瞳だが、王妃の瞳は切れ長で、他者を威圧するような冷たい眼光を放っている。
「ようこそ」
アンジュは身支度の際、侍女に教えてもらった挨拶を披露する。
「アンジュと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
震える声で挨拶すると、王妃は開いていた扇を勢いよく閉じた。
「なんです?そのカーテシーは。子供以下ね」
王妃の周りの侍女たちが、クスクスと笑う。
習ったばかりのカーテシーはやはりおぼつかなかった。
王妃は、扇を向かいの椅子に向ける。
「座りなさい」
アンジュは後ろの侍女に目をやると、コクンと頷かれ、ゆっくりと着席した。
出された紅茶からは温かい香りが広がるが、この場の空気は凍てついているように感じる。予想はしていたが、歓迎されていないことは確かだ。
「あの子、この娘のどこがいいのかしら?」とでも思っていそうな王妃の冷ややかな視線がアンジュを刺した。頭が真っ白になっているアンジュは言葉を発せず、微動だにできず、俯いたままだ。
しばらく沈黙が続いた。
王妃がティーカップに口を付けたあと、沈黙を破る。
「あなた、レイフォナーの妃になるおつもり?」
そう言われたアンジュは顔を上げ、懸命に言葉を選ぶ。
「わ、私そんなつもりはありません!ただ、レイフォナー殿下をお慕いしてるだけです」
「慕うだけでは妃は務まりません。まあ、あなたにそのつもりがないのなら結構」
アンジュは言葉に詰まってしまう。王妃の品がありながらも力強い話し方、逆らうことを許さない威圧感と視線。それらに、アンジュは震え上がってしまいそうになる。
「レイフォナーには婚約者候補がいます。妃に相応しい身分の姫たち。あの子にはいずれどちらかと、もしくは両方と婚姻を結ばせます」
王妃は伝統や規律を重んじる性格だ。妃は王族や上級貴族の令嬢こそ相応しいと考えている。今回のことでもしユアーミラが婚約者候補から外れたとしても、たとえアンジュが光の魔力に目醒めようとも、身分も学もないのであれば論外なのだ。
「早々に村へ帰り、レイフォナーとは一切会わないこと」
ユアーミラが村にやって来たときのことを思い出す。
王妃と同じようなことを言われたが、彼女はお金で解決しようとした。だが、王妃は圧倒的昂然たる態度で命令を下しているのだ。自分でもユアーミラやラハリルを迎え入れることは、国にとって一番の理想で正しいと理解している。
「今日はそれを伝えたかったのです。下がりなさい」
「・・・失礼します」




