第30話 謀略
その頃クランツは、王城でアンジュに会ったあと自室で転移魔法を発動させ、闇魔法で作った薄暗い空間に来ていた。ただただ広く、何もない空間だ。
クランツはその空間内で座っている女性に声をかける。
「こんばんは、皇女様」
それはレイフォナーの婚約者候補、ユアーミラだ。瞳の色も服装もアンジュを襲ったときの格好のままで、空中をぼーっと見ている。
「ふふ、君は本当に闇魔法がかかりやすいね」
「・・・クラン、ツ・・・で、んか・・・」
ユアーミラは視線をクランツに移した。
「アンジュの転移は失敗したよ。生きて帰ってきた。しかも、レイフォナーがわざわざ助けに行ったんだよ」
ユアーミラは、レイフォナーの名に反応した。
「レイ、フォナー、さま」
「さらにアンジュは王城で厚遇されてるよ。このままだと君はレイフォナーの妃になれないかもね?」
クランツの話が理解できたのか、ユアーミラはゆっくりと立ち上がり、体を震わせている。瞳は黒いままだが、先程までの虚ろな目をしていない。怒りと嫉妬に狂った目だ。
「レイフォナー様の妃になるのはわたくし!アンジュめ、許さない!」
クランツはその姿に心が踊る。
「君、素晴らしいよ!」
「ここから出して!アンジュを始末する!」
クランツはユアーミラに歩み寄り頬を撫で、落ち着かせる。
「まだダメだよ。君はここでもっともっと怒り、憎しみ、恨んで、僕が分けてあげた闇の魔力を増やさなきゃ」
ユアーミラはクランツの肩を掴んで反論する。
「早くあの女を殺さなければ!ここから出して!」
すると、ずっと笑顔だったクランツの顔は、一瞬で冷酷な表情に変わる。青い瞳が漆黒へと変化した。人差し指をユアーミラの首に向け、闇魔法で作った黒い湯気のような首輪をはめた。
「僕の命令に従え。逆らうのなら・・・」
そう言うと、ユアーミラの首輪が絞まり始めた。
「がっ、ぐう!があっ!」
首輪に手をかけ、目を見開き、よだれを垂らして呻き声を上げている。
クランツは指を弾くと、首輪が緩んだ。だが首輪は着いたままだ。
ゴホゴホと咳込み、しゃがみこんでいるユアーミラの前髪を乱暴に掴んで、上を向かせる。
「お前の出番は今じゃない。いいな?」
ユアーミラは恐怖に満ちた表情で頷く。
「あいつらと少し遊んでやろうじゃないか・・・そうだな、アンジュに惚れている幼馴染みの男。あいつは使えそうだ。くくくっ」
翌朝。
目を覚ましたアンジュの瞳に、レイフォナーの美しい寝顔が飛び込んできた。背を向けて寝たはずなのに、いつの間にか向かい合っていたようだ。
伏せている長い睫毛、静かな寝息、胸元まで開いている寝衣は、レイフォナーが就寝中にしか見ることのできない貴重な姿だ。寝相が悪く、イビキでもかいてくれれば少しは幻滅できるのだろうか。だがそれを想像してみると、普段とのギャップに可愛いと思ってしまった。
「寝てるときも完璧に美しいわ・・・」
何度か見ている寝顔だが、毎回同じ感想を抱いている。
ベッドから降りようとすると、後ろからレイフォナーに抱きしめられた。横になったまま、アンジュの腰に手を回している。
「・・・どこ行くの?」
目はほんのりと開いているが、まだ眠そうだ。
「おはようございます。あの、カーテンを開けようかと」
レイフォナーはサイドテーブルに置いてある時計を見た。
「だめ。もう少し寝よ?」
起きるにはまだ早い時間だったようで、アンジュの腕を引っ張って寝かせた。逃げないようがっちり抱きしめ、また眠りにつく。ドキドキしているアンジュは、目が冴えてしまい二度寝できなかった。