第27話 国王と王妃
「ただ今、戻りました」
「無事でなにより。まったく、あまり年寄りに心配かけるな」
「どこをどう見たら年寄りなのですか」
国王はまだ四十代後半だ。しかも、レイフォナーの兄といっても過言ではないくらい、若々しい見た目をしている。金髪碧眼のこの男は穏やかでお茶目なところもあるが、国政に関しては思慮深く、民思いの良き王だ。さらに、王妃一筋の愛妻家であり、レイフォナーはそんな父を心から尊敬している。
「それで、土産は?」
「は?」
「何か国にも寄ったのだろう?ないの?土産」
「・・・ありません」
「私の息子は薄情だな。近く王太子となるお前に、遠い無人島まで行くことを許可してやったのになぁ」
水魔法で作った鳥がアンジュの魔力を感知して、レイフォナーはすぐに無人島に向かおうとした。だが、ショールたちに、魔法士たちを迎えに行かせるから、と言われ城から出させてもえらそうになかった。
それならばと思い、父である国王に直談判した。闇魔法が復活した可能性を伝え、標的にされた娘は友人であり重要人物だと説き伏せて、アンジュを迎えに行く許可をもらったのだ。
「土産話なら、たくさんありますよ」
レイフォナーは城を出てから戻るまでの旅路を説明した。
「ということで、アンジュの半分しか戻らない魔力の調査がありますので、彼女をしばらく城に滞在させます。私の隣室を使わせてもよろしいですよね?」
そう言って、これまで黙っていた王妃に目を向けた。
青みがかった長い銀髪の王妃は目を細め、冷静に言い放つ。
「村娘を王子妃の部屋になんて、何を考えているのですか?調査するのなら、魔法学校の研究施設に滞在させればよいのでは?」
もっともな意見を返されてしまった。
「お前、その娘を妃にでもするつもりか?」
「私はアンジュを愛しています」
アンジュのことは、王都で初めて会ったときから可愛いと思っていた。大きな瞳が美しいと思った。
その後、自分が王子だとわかっても媚びることはなく、純粋で自然体で、村での生活を楽しんでいて、笑顔が可愛くて、一緒にいると居心地が良くて、会うたびに愛おしい気持ちが膨れ上がった。
アンジュを自分の妃にできたらと何度も考えたが、婚約者候補がいる自分には叶わぬ願いだ。せめて婚約まではアンジュとの時間を楽しみたいと思っていたが、彼女が行方不明と聞いたとき、耐え難い喪失感と焦燥に駆られた。自分には、アンジュがいない生活など送ることができないのだと確信した。
「いずれ正妃に、と考えています」
王妃は目を見開いて、声を荒げた。
「なりません!あなたには婚約者候補がいるのですよ!」
「妃はアンジュ以外考えられませんし、複数の妃をもつつもりもありません!」
国王は、熱くなっている二人を宥める。
「まあまあ、その話はまた今度な。今は闇魔法が復活した件の調査が最優先だ。しかしレイフォナー、王子妃の部屋の使用は、私も賛成できんなぁ」
穏やかにそう言って微笑んでいるが、目は笑っていない。癪に障ることを言われたときの目だ。それもそのはず、レイフォナーは何年も前に婚約者候補が決まりながら、いまだ正式な婚約は結ばず、いきなり村の娘を妃にすると言い出したのだ。快く思わないのも当然だ。
国王にも反対されてしまっては、なすすべがない。王子妃の部屋の使用許可は下りなかったが、アンジュを妃にすることを諦めたわけではない。
完成したアンジュは、淡いピンクの生地に全体的にレースがあしらわれたドレスを着ている。肩と腕が露わになり、胸元が大きく開いているデザインだ。
(露出度高くない!?恥ずかしい!任せるなんて言わなきゃよかった!)
耳や首には、レイフォナーの瞳を思わせる青い石が使われた宝飾品を身に着け、髪はサイドを編み込んでまとめられた。さらに、生まれて初めての化粧を施された。ドレスに合わせてピンク色を基調とした化粧で、ユアーミラのような濃い化粧ではなく、薄付きで可愛らしい印象を与える仕上がりだ。
やり遂げた侍女たちは、大満足という笑顔だ。
「とてもお美しいですよ」
「は、恥ずかしいです・・・」
鏡に映った自分は、別人のようだ。慣れない格好にソワソワしてしまう。
そこへ、支度を終えたと報告を受けたレイフォナーがやってきた。