第26話 おもてなし
アンジュは侍女たちに強引に浴室に連れて行かれ、頭から足の爪先まで丁寧に洗われた。初めての経験に、緊張と恥ずかしさで大混乱だ。人前で裸になることも、誰かに体を洗われることにも抵抗がある。
だが、さすが王城で使用されている石鹸だ。髪も体も、カサカサだった手の指先もしっとりと潤っており、爪も輝いているように見える。
その後、施術台に寝かされて香油を使ったマッサージが始まった。これも初めてのことだが、次第に眠ってしまいそうなくらい気持ちよくなってくる。薔薇のような香りと侍女の熟練された施術は、確かに疲れがとれそうだ。
「アンジュ様、どれになさいますか?」
「できれば、みなさんのような動きやすい服がいいのですが・・・あと、先程も言いましたが、様はやめてください・・・」
「そうでした!申し訳ありません!」
部屋に戻ると、ドレスが数着用意されていた。
どれも貴族のお嬢様が夜会で着るような豪華なドレスで、とてもじゃないが自分には着こなせる気がしない。だが侍女たちは、この中から選ぶようレイフォナーに言われているらしい。
「殿下の瞳に合わせて、青色のこちらはどうでしょう?」
「可愛らしさを出すのなら、こちらの赤色です」
「アンジュさんの大きなお胸を強調するのなら、こちらのデザインですよ!」
侍女たちがあれもこれも薦めてくるため、一つに決めることができない。なので、任せることにした。
その後も、宝飾品や髪形について議論が巻き起こっているが、楽しんでいるように見える。みんな、街の娘たちのような賑やかさだ。
(王城勤めの方たちって、物静かで淡々とお仕事をこなしてるイメージだったけど・・・)
そのとき、気になる会話が聞こえてきた。
「あの噂はやっぱりデマだったのね」
「噂?」
「殿下が男色家っていう噂よ」
(男色家!?え、レイフォナー殿下のこと!?)
レイフォナーには婚約者候補がいるが、二十一歳になった今でも婚約者は決定していない。国にとって最良な姫を迎えるためには、時間をかけて選考する必要があると言って先延ばしにしているが、実際はレイフォナー自身に婚姻の意思がないだけだ。
そんな事情を知らない侍女たちの間で、レイフォナー殿下は女性に興味がない、という噂が立ってしまった。
「騒がしくて、申し訳ありません。レイフォナー殿下が初めて女性をお連れになったので、みんな嬉しくて仕方がないのです」
先程マッサージを担当した、まとめ役のような年長者の侍女が言った。
「みなさん親しみがあって嬉しいです。ですが、私はこのようにお世話してもらえる身分ではありません・・・」
ここにいる侍女たちはみんな若く、街の平民なのだという。
貴族出身の娘やベテランばかり揃えると、アンジュが萎縮するだろうと思ったレイフォナーがサンラマゼルに選ばせたのだ。
「我々は王家に忠誠を誓い、従事する者。レイフォナー殿下のお客様にも、身分関係なく誠心誠意努めさせていただきます。諦めてお世話されてくださいませ」
アンジュが支度をしている間、レイフォナーは両親である国王と王妃に、帰国の挨拶をしていた。




