第19話 追跡①
二人は森の入口に戻り、イルは龍から降りた。
「アンジュは村にはいない、とみんなに教えてあげて。捜索は打ち切っていい」
そう言われたイルは小さく頷いた。
「調査のために魔法士を何人か寄越す。彼らはアンジュの魔力を知らないから、あの現場まで案内を頼みたいんだ」
「・・・わかった。アンジュを絶対見つけてくれよ」
「ああ、約束しよう」
レイフォナーは、落ち込んでいるイルの頭を優しく撫でる。
「やめろ。あんたやっぱりムカつく」と言って手を払いのけ、レイフォナーを睨んだ。
「調子が戻ったじゃないか」
「うるさい。早く行けよ」
「ふふ、わかったよ。では」
レイフォナーは飛び立つと、あっという間に見えなくなった。
イルは空を見上げたまま、ボソッと呟く。
「俺にも魔力があればな・・・」
イルと別れて急いで王都に戻ったレイフォナーはまず、魔法学校の研究棟に向かう。
責任者やその部下たちを招集し、事情を説明した。数名に、直ちにワッグラ村へ向かうよう指示して王城に向かった。
レイフォナーの自室に集まったショールとチェザライ、サンラマゼルは怪訝な表情を浮かべている。
「すげー汚れてんな?」
「どうしたの!?」
「取っ組み合いのケンカでもしましたか?」
三人は、洋服が土で汚れ、葉が擦れたような跡が満遍なく残っているレイフォナーの姿を見てそう言った。それだけでなく、久しぶりのアンジュとの逢瀬はきっと帰りが遅くなるだろう、と思っていた。それなのに、帰りが早いことを不思議に思っている。
以前は、自分たちに断りもなく勝手に村へ行ったことに腹を立てていたが、今ではアンジュと二人きりで過したいレイフォナーの気持ちを汲んで見逃している。
「アンジュが行方不明だ」
「はあ!?」と、三人は声を揃えて言った。
「連れ去られたか、転移魔法を使われたんだと思う」
「ちょっと待て。なんで転移魔法が出てくる!?」
レイフォナーは村の森で見たことを説明した。
通常、魔力の感知や追跡には、対象者の魔力を一度目で見て認知しなければいけない。だが森に残っていた不気味な魔力は、誰のものかわからないにもかかわらず感知することができた。確実に、普通の魔力ではない。
「この時代に転移魔法を使えるやつがいるのか?今では伝説と言われてる魔法だぞ!?」
「それに転移魔法は、世界の狭間に飛ばされるとかなんとか・・・」
「ご自分の意思で姿を消した可能性は?」
「ない」
正義感が強く、心優しいしっかり者のアンジュがそんなことをするはずがない。何か逃げ出したくなるほどつらい状況だったとしても、アンジュが何もかも投げ出して自ら姿を消すはずがない。愛情を込めて大切に育てている庭の花や作物を放ったらかしにするはずがない。イルやおばあさんにあんな顔をさせるような娘ではない。
それに、現場にはアンジュの魔力と不気味な魔力が残っていた。襲われて抵抗した、と考えるのが自然だ。
あまり魔法に長けていないアンジュに抵抗されたとしても、殺そうと思えばあの場で殺せたはず。だが現場には血痕がなかった。血を流さず殺して、遺体を持ち去った可能性もあるが。
もう一つ思い当たるのが、転移魔法だ。
全力で抵抗したのなら転移先が狂って、世界の狭間に飛ばされるという事態は回避できているかもしれない。そうだとすれば、地上のどこかに辿り着いているはずだ。
あくまで憶測にすぎないが、どちらにせよアンジュはきっと生きている。今はそう希望を持って行動するしかない。
「でもよ、アンジュちゃんは誰に狙われたんだろうな?」
「誰かに恨まれるような子には見えないけど・・・」
「殿下にはお心当たりが?」