第18話 消えたアンジュ
レイフォナーはアンジュの家の前で、水魔法で作った龍から降りた。
久しぶりにアンジュに会える。早く彼女の笑顔が見たい、話がしたい、と急ぐ気持ちを落ち着かせながらドアをノックした。だが反応がない。魔力を探ってみると、家の中にはいないようだ。彼女の魔力を感じたのは森の方角からだった。
「レイフォナー殿下!」
森に向かおうとしたとき、アンジュの隣人のおばあさんに声をかけられた。
以前アンジュに、おばあさんは祖母のような存在だと聞いたことがある。おばあさんにとっても可愛い孫のような存在で、二人の和やかな光景を何度か見たことがある。
「こんにちは。足の調子はいかがですか?」
そう声をかけてみるが、杖をついているおばあさんは青ざめた顔をしている。
そんなに足が悪いのだろうか。
「アンジュが・・・帰ってこないのです」
「は?」
四日前、村人が森に向かうアンジュを見たが、それを最後に行方がわからない。夜になっても部屋に明かりが灯ることはなく、午前中の日課である庭の手入れをする姿も見かけない。ドアを開閉する音や、その他の物音も一切しない。
今、村人たちで森や川を捜索中だという。
「王都に行ってるのでは?」
「あの子は王都に行く際、私やイルに必ず告げてから行きます。でも今回は何も聞いていなくて・・・何日も戻ってこなくて・・・」
おばあさんは涙を流しながら、震えた声で言った。
「アンジュが・・・行方不明?」
不安、恐怖、混乱。それらの感情によって胸がドクンドクンと嫌な音を鳴らし始めた。一体、何が起こっているんだ。事故なのか、事件に巻き込まれたのか。嫌な想像ばかりが頭の中を駆け巡る。彼女の身に何かあったらと思うと、呼吸が荒くなり全身から汗が噴き出す。崩れ落ちそうになる膝をなんとか気合いで保って、平静を取り繕った。
レイフォナーは水魔法で龍を作り、急いで森へ向かった。
森の入口に着くと、いつもの静かな空気ではない。村人たちがアンジュを探している声が聞こえてくる。森に入りアンジュの魔力を探ろうとしたとき、イルの姿が目に入った。
「イル!」
そう呼ばれたイルは、レイフォナーに向かって走り出した。
「あんた、何か知ってるのか!?」
いつもレイフォナーに対して敵意を向けているイルが、頼るような、助けを求めるような目をしている。
「いや、私も今聞いたばかりだ。とりあえず、アンジュの魔力を追ってみる」
レイフォナーは不安で埋め尽くされている心を落ち着かせ、目を閉じてアンジュの魔力を探り始めた。
「森の東の方向にアンジュの魔力を感じるが、アンジュはいないようだ・・・森の中にはいない」
「いない、のか?」
イルは今にも泣き出しそうな表情だ。
アンジュの魔力は強く残っている。四日前にいなくなったと聞いたが、ついさっきまでいたのだろうか。
「行ってみよう」
二人は東に向かって歩き出した。最短距離で向かうため、イルは道なき道を進んで行く。レイフォナーはその後ろを黙って付いていった。
一言も話さず進んでいた二人だが、レイフォナーが沈黙を破る。
「かなり近い」
「もう少し行くと、開けた場所に出る」
そして目的地に着いた。
イルの言った通り、そこは少し開けた場所で、陽の光が差し込んでいた。向かって左のほうにアンジュの魔力が強く残っている。全力で魔法を使ったのだろうと予想できたが、それとは別の魔力も残っていた。
レイフォナーはそこに向かって歩みを進めた。
目の前の魔力の残滓に、背筋が寒くなるような畏怖の念を感じて鳥肌が立つ。片膝をつき、恐る恐る地面を触ってみる。
「なんだ?この不気味な魔力は・・・初めて感じる」
イルは魔力がないため何も感じず、レイフォナーの言っていることがよくわからない。
「なあ、何が起こったんだよ?」
レイフォナーは少し考え込んで、口を開いた。
「おそらく・・・いや、憶測で軽々しく口にしていいことではないな」
「うん?」
「上空からも捜してみよう」
レイフォナーは水魔法で龍を作り、イルを乗せた。ワッグラ村を一周してみたが、アンジュの魔力は見つからなかった。隣村に大きな崖がある、アンジュは時々隣町に行っている、というイルの情報を聞きながら、周辺地域も捜してみたが、アンジュはどこにもいなかった。
「私は一度城に戻り、引き続きアンジュの魔力を追跡する。それとイル、頼みがある」