第17話 影
アンジュは重い足取りで森へ向かいながら、ため息をつく。
レイフォナーとイルのことを考えると、気持ちがグチャグチャに絡み合う。もう何もせず何も考えたくないところだが、何もしなかったら暮らしていけない。そろそろ王都に行って、お金を稼がなければいけない。
王都で売る薬草や木の実を採っていたとき、後ろから声が聞こえた。
「・・・見、つ、けた・・・」
振り返ると、少し離れた所に見覚えのある人物が立っていた。
「ユアーミラ皇女!?なんでここに!?」
彼女の肩には、黒い湯気のようなものを放っているカラスが乗っている。
だが、以前会ったときのユアーミラとは様子が全く違う。美しく着飾って自信に満ちて、他者を蔑むような態度はどこにもない。覇気がなく、化粧をしておらず、寝るときのナイトドレス姿だ。アメジストのような美しい紫の瞳は漆黒へと変化しており、虚ろな目をしている。
(何?なんだか、怖い・・・)
明らかに様子がおかしい。
嫌な予感がして、胸がドクンドクンと鳴り始めた。
「わ、私に何かご用ですか?」
震える声でそう尋ねてみるが、答えは返ってこない。
聞こえていないのかと思ったが、虚ろな目のユアーミラと目が合っているように感じる。よく見ると彼女の口は動いており、何かブツブツと言葉を発している。何を言っているのかは聞き取れないが。
何がなんだかわからないアンジュは、ユアーミラの肩に乗っているカラスの視線を感じた。
それが普通のカラスではないことはわかる。魔法で作られた生き物だろうが、はたして火水風のどれに当てはまるのだろうか。これまでレイフォナーやチェザライが作った生き物を見てきたが、それらとは異質で不気味な様相だ。嫌うような、恨むような、悪意を含んだ目を向けてくる。
「始めろ」
カラスはアンジュを見つめたままそう言うと、ユアーミラは両手をアンジュに向けて伸ばした。
「・・・消え、ろ・・・」
「えっ?」
すると、アンジュの足元に黒い影のようなものが現れた。それはアンジュを中心にして円になっており、直径二メートルほどの大きさにまで広がった。その影からは黒い湯気のようなものが立ち昇り始め、アンジュの足に纏わりつく。
「な、何これ!?」
その湯気に引きずり込まれるように、影の中に体が吸い込まれていく。
「・・・消、えろ・・・死、ね・・・」
ユアーミラは繰り返しそう唱えている。
湯気を手で払うと一瞬ゆらりと足から離れるが、すぐにまた絡み付く。アンジュは咄嗟に風魔法を発動させ、自分の体を守るように風を纏わせる。さらに、影を破壊するように風をぶつけてみた。だが影にはなんのダメージも与えられず、体はどんどん湯気に引きずり込まれていく。
「誰か!助、け・・・」
抵抗虚しく、アンジュの体は完全に影の中に吸い込まれてしまい、影も消えてしまった。
「さて、どこに飛ばされたかな?」
アンジュがいた場所を見つめながら、カラスは楽しそうに言った。