第14話 懸念
翌日、執務室でレイフォナーは大きなため息を吐き、頬杖をついた。
昨日イルにアンジュとの時間を邪魔されて、腹のムカつきが治まらない。自分が帰ったあと、二人きりで何をしたのか?どんな話をしたのか?と考えてしまい、集中力が散漫して仕事が思うように進まない。
それでも書類に目を通し、印を捺し、相談にやって来る部下に指示を出す。だが、捌いても捌いても机の上の書類は減っていないように感じる。
「終わらない・・・」
黒に近い深紫の長い髪を結っているレイフォナーの補佐・サンラマゼルは主に目を向ける。
「あなた様がしょっちゅう抜け出すから、仕事が溜まるのですよ」
週に数回、気分転換に街へ遊びに行ったり、水魔法で作った龍に乗って上空を散歩したり、我慢できなくなったらアンジュに会いに行っている。
「お前の脱走癖は直んねえな」
「ちゃんとお仕事してくださーい」
ショールとチェザライは主が仕事をしているにもかかわらず、ソファーに座り呑気に本を読んだりお茶を飲んでいる。
「それはこっちのセリフだ」
「俺たちは仕事してるよな?ドアから暗殺者が入ってきたら、お前の盾となる位置にいるし」
「私の後ろには窓もあるんだが?」
「あ、それは考えてなかったね」と言いながらも、仕事をする気配はない。
サンラマゼルは三人の会話に口を挟む。
「二人は働かなくてもいいくらい金銭的余裕があるのだな。ならば、お前たちが座っている間は無給にしよう」
焦ったショールとチェザライは勢いよく立ち上がり、レイフォナーの側に駆け寄った。
「すんませんっ!よろこんで、護衛させていただきます!」
「ちゃんとお仕事するから、給金は減らさないで!」
この三人はレイフォナーの幼馴染だ。
三人とも親が王城勤めで、レイフォナーの遊び相手、勉強仲間として召し上げられた。性格はバラバラだが、不仲になることはなかった。中でも、幼少の頃から品行方正で真面目なサンラマゼルは長男的存在で、怠けがちなショールとチェザライの尻を幾度も叩いてきた。
二人は王子であるレイフォナーよりも、サンラマゼルに逆らえない。
そんな二人はサンラマゼルから小言を食らっているが、レイフォナーは耳を傾けてもいない。
アンジュのことを考えているからだ。
昨日会ったばかりだが、もう会いたくて仕方がない。仕事を放り出して今すぐ会いに行きたい。
それに気がかりなことがある。
アンジュの家の屋根にいた火魔法の蛇だ。それは明らかに監視するために置かれたもので、一体誰が、なんのためにーーー?
自分も水魔法で作った生き物を置いて見守りたいところだが、中級魔法士では遠く離れた場所に魔法を使い続けることに限界がある。
魔力切れを起こしてしまうのだ。
だが上級魔法士なら可能だ。チェザライにアンジュの見守りを指示するべきか。見守るためといえば聞こえはいいが、一日中生活を見張られるようなものだ。そんなことをされたら気持ち悪いと思われるだろうか。
アンジュに嫌われたら、立ち直れないかもしれない。
レイフォナーは自分がどう行動することが正解なのかわからず、頭を抱える。
「アンジュ・・・」