第134話 アンヘラウムの本心
「愛娘のお願い、叶えてあげたら?」
「お前は知ってたのか?」
「まあ、なんとなく?」
と言ったレインだったが、実はつい最近まですっかり忘れていた。
数年前。メアソーグ王城で開催された夜会に、父親とともにラハリルが参加していた。アンヘラウムとレイフォナーが談笑中、視界に入ったラハリルの視線の先が気になった。レイフォナーではなく、ショールを見つめていたのだ。その光景を何度か目にしたことがある。
「まわりに気づかれないよう凛とした表情だったが、あれは恋する乙女の目だったね」
ラハリルがいまでもショールを慕っているかは、正直賭けであったが。
「私、普段はメアソーグ王城に送り込んだ侍女と手紙を交わしていて、ショール様の様子を教えてもらっていたのです。なので、お会いできたときはもう嬉しくて!つい目で追ってしまうのです!」
「え、なんて?侍女を?へ、へぇ〜・・・」
レインは自分の城で好き勝手されていたこと、それに気づかなかったことにショックを受けており、アンヘラウムも呆れ顔だ。
「お前そんなことしてたのか・・・」
ため息を吐いたアンヘラウムは腕を組み、目を閉じた。
当初ラハリルには政治的婚姻を考えていたため、嫁ぎ先候補にメアソーグは含まれていなかった。両国の関係は良好だからだ。関係を築きたい国を候補先として調査したがどこか暗雲な雰囲気で、嫁げばラハリルが苦労することは明らかだった。下手すれば権力争いに巻き込まれ、命の保証すら危うい。
王女として生まれたのだから、そんなことは当然だ。
だが。
嫁いでよかったと思える相手と、穏やかで不自由のない生活を送らせてやりたい。
国王として王女を政治に利用することは痛くも痒くもないと思っていたはずなのに、父親として娘の安寧を願わずにはいられない。
反する思いが交錯した結果、後者を選んだ。昔馴染みであるレインは信用に値する男で、その息子のレイフォナーも権力に溺れることのない良識人だ。
そう判断し、レイフォナーの婚約者候補にしたのだが、どうやらそれも間違っていたようだ。
いつからか、活発だったラハリルがしおらしくなったことには気づいていた。次期国王に嫁ぐ覚悟の表れかと思っていたが、実際は好いた男に嫁げないことを悲観していただけだったのか。
そんなことを考えているアンヘラウムに、ザラハイムが声をかけた。
「よいではありませんか。アンジュさんは期待以上の結果を出してくれました。その働きだけでも充分、光剣譲渡に値します。父上もそう思われたから、二つ目の条件達成前に光剣を渡されたのでは?」
「・・・」
アンヘラウムはメアソーグに光剣を譲るにあたり、二つの条件を提示した。一つ目、アンジュの光魔法でバッジャキラ国内の砂漠化問題を改善すること。二つ目がなかなか進展しない婚約者候補問題で、ラハリルをレイフォナーの正妃にすることだ。
元砂漠だった場所は、学者や魔法士たちの力で現在も潤いを持続している。試験的に植えた野菜や果物の苗は順調に育ち、収穫した実が安全に食せることが確認された。この地で暮らしても問題ないと判断し、現在復興に向けて家屋や農園などの建設が始まっている。
だが、二つ目の条件はまだ進行中だ。ラハリルはレイフォナーの婚約者候補から正式な婚約者となったが、婚姻には至っていない。メアソーグはいま闇魔法を扱うクランツに手を焼いている。そんな中にラハリルを輿入れさせては危険であるため、時期を見計らっていた。
それにもかかわらず、アンヘラウムはメアソーグに光剣を渡した。アンジュの光魔法によって砂漠が潤いを取り戻したことにいたく感動し、レイフォナーの性格的に二つ目の条件が反故されることもないと考えたからだ。
「ショールはレイフォナー殿下の忠臣です。そんな相手に嫁ぐということは、メアソーグ王家に嫁いだも同然。それに好いた男に娘を嫁がせたとなれば、民からの好感度は爆上がりですよ」
「私の好感度は低くないぞ、シスコンめ」
ザラハイムはラハリルを溺愛とまではいかないが、かわいがっているためレインの提案に乗り気だ。
好奇心旺盛で笑顔が絶えなかった妹は、それはもう目に入れても痛くないほど可愛かった。だが、レイフォナーの婚約者候補に決まった頃から生気が抜けたように大人しくなってしまった。そんな妹も儚げで可愛いが、ある日、ショールを慕っているのだと教えてくれた。どうにかして婚約者候補から外してやりたかったが、無力な自分はただただ父に従うことしかできなかった。
妹に以前のような笑顔が戻るのなら、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「父上、ショールはよい男ですよ。剣の腕は一流で、水の中級魔法士でもあります。色事には奥手でいまだ童て・・・ええと、浮気などできる性分ではありません。あっという間にラハリルの愛らしさの虜になり、よい夫婦となりましょう!」
ザラハイムは畳み掛けた。それに乗じるように、この場の全員が「さあ、どうする?」という視線をアンヘラウムに向けた。
居心地の悪いアンヘラウムは、大きなため息を吐いた。
「レイン、この場で返事はできない。ラハリルと話をしてからだ」
「では、私はこれにて失礼しよう。色よい返事を期待している」




