第131話 帰国②
「おかえりなさいませ」
レイフォナーが執務室に入ると、サンラマゼルが平常通りの声と姿勢で頭を下げた。
その言葉をかけられたのは今日だけで何度目だろうか。この部屋にたどり着くまでに、すれ違った使用人たちからも声をかけられた。いつもはただの形式的な挨拶にすぎないが、今日はその言葉がやけに胸に沁みる。
「心配かけたな」
「まったくです。こんなこと、二度とごめんですよ」
と言った声にはどことなく怒りがこもっており、レイフォナーは苦笑いをした。
「ああ、私もだ」
執務席に腰を下ろすと、不思議な気分になった。毎日この椅子に座ることは王子としての義務であり、好きでも嫌いでもない。だが一週間ぶりに座ってみると、気分が安らぐような心地だ。毎日代わり映えしない生活を送れることは、こんなにもありがたく感じるのか。
さらには、どれだけ仕事が溜まっているのだろうと思っていただけに、存外スッキリしている机にも安堵した。
「非常事態でしたので、私が執務を代行させていただきました」
サンラマゼルの目の下には、うっすらと隈ができている。
「お前、私より執務に向いてるんじゃないか?」
「まさか。戻られたばかりですが早速」
と言って、レイフォナーに書類を渡した。
それは、サンラマゼルがレイフォナー不在時に処理した案件をまとめたものだ。そんな彼は一連の出来事に触れることなく一つずつ説明を始めた。バラックからすべて聞いているからだ。
その間にも、文官たちが「おかえりなさいませ」と笑顔で書類を運んでくる。
レイフォナーは執務に取りかかった。まだ明るい時間ではあったが、疲れが溜まっているサンラマゼルを帰らせ、その後アンジュと夕食をともにし、また執務に戻った。
「あいつら、本当に今日中に帰ってくるのか・・・?」
レイフォナーは時計に視線を送った。
あと三時間もすれば日付が変わってしまう。父にショールを連れて部屋に来るよう言われているが、そろそろ自分だけでも向かうべきだろうか。
などと考えていると、ショールとチェザライがツィアンから帰ってきた。
「なーんで俺たちは自力で戻ってこなきゃいけなかったんだよ」
「間に合ったぁ〜!ただいま、レイくん」
「本当に帰ってきた・・・どうやって?」
ツィアンから今日中に帰ってくるなど、バラックの転移でもないかぎり不可能だ。それなのに彼らは自力で、たった半日で帰ってきた。
「ああ、チェザライの魔法すごくて・・・」
と言ったショールの脇腹に、チェザライは拳を叩き込んだ。
ショールは脇腹に手を当ててその場に座り込み、チェザライを見上げて睨んだ。
「な、何しやがる・・・っ」
チェザライはショールを無視して、レイフォナーに笑顔を向けた。
「めっちゃ飛ばして帰ってきたんだよ〜」
「てめぇ・・・」
チェザライは、まだ何か言いたそうなショールの尻を蹴った。その反動でショールは前のめりになり、床に顔面を強打した。
「こんなにはやく帰ってこれるなんて、自分でもビックリ」
「そ、そうか・・・???」
レイフォナーは床に突っ伏して動かないショールを不憫に思いながら、チェザライの後ろの人物に目を向けた。それは、元メアソーグ国家魔法士のフィーだ。
そんな彼は、「余計なこと言わないでね?」とでも言いたげなチェザライの視線から逃れようと、キョロキョロと執務室を見渡している。
「こ、この感じ、懐かしー」
「フィー、来てくれたのだな。感謝する」
「一国の王子様に関わってしまいましたからね。なんでも素直に話すんで、拷問はご勘弁ください」
「ははっ、恩人にそんなことはしない」
フィーに来てもらったのは、自分とアンジュを発見したときの状況を父やバラック、大臣たちに直接説明してもらうためだ。
「客人として迎えたいのだが・・・なかには難色を示す者もいるだろう」
「まあ、そうでしょうね」
かつて馴染みのあった者が十五年もメアソーグと関係を断っていたにもかかわらず、偶然とはいえレイフォナーたちを助けたのだ。クランツの間者だと怪しまれても仕方がない。




