第130話 帰国①
アンジュとレイフォナーはバラックの転移で王城に到着した。城のエントランスホールに入ると、出迎えたのは国王と王妃だった。
「おかえり。レイフォナー、アンジュ」
優しくそう言った国王は、レイフォナーの頭を思いきり撫でた。
「あの・・・父上、やめてください」
と言いつつも抵抗しなかったレイフォナーの髪は、ボサボサになってしまった。
「寿命が縮んだぞ、親不孝者め」
「・・・申し訳ありません」
レイフォナーとアンジュが帰ってきたことに安堵した王妃は、口元に手を当て、目を伏して涙を流し、嗚咽を漏らしている。レイフォナーは、いつも毅然としている母のそんな姿に、相当な心労をかけていたのだと実感した。
「母上、ただいま戻りました」
王妃は、『笑顔でおかえりって言ってあげよう』という国王の言葉を思い出し、真っ赤な目をレイフォナーに向け、笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、レイフォナー」
「ご心配おかけしました」
そんなやり取りを笑顔で眺めていた国王は、功労者であるアンジュを抱きしめた。
『必ず、レイフォナー殿下を救出して戻ってまいります』
出発前、アンジュは自信たっぷりにそう言い放った。そしてその言葉通り戻ってきた。それだけでなく、白い球体までも救い出したのだ。
「ありがとう、アンジュ。よく頑張ってくれた。身体は大事ないか?」
「は、はい!大丈夫です」
「そうか。部屋を整えてあるから、王城でゆっくり過ごしなさい」
「えっ?ですが・・・」
国王は体を離し、アンジュの頭を撫でた。すると今度は王妃がアンジュを抱きしめ、何度も「ありがとう」と伝えた。
国王と王妃。平民にとっては雲の上の存在であるが、当たり前だが子の親なのだ。レイフォナーが二人から愛されていることも、お礼を言ってもらえることも、アンジュにとってとてつもなく嬉しかった。
体を離した王妃は、アンジュの腹に手を伸ばした。
「お腹の子も無事で安心・・・ふふ、いま動いたわ」
「え!?」
と声を揃えたレイフォナーと国王も、アンジュの腹に手を当てた。
「動いてますね」
「これは、きっと男の子だな」
三人は子の話で盛り上がっているが、アンジュは気まずそうにしている。
これまでレイフォナーの子の存在を隠していた。どんな罰を受けるのか、王家に子を取り上げられるのだろうか。協力してくれたキュリバトとバラックにも申し訳ないことをした。この先のことを考えると、せっかく現実空間に戻ってきたのに気分が沈んでしまう。
アンジュの浮かない顔を察したバラックが咳払いをした。
「ん、んんっ!みなさま、そろそろアンジュを休ませてやりましょう。見た目は元気でも、まだ休養が必要です」
三人は一斉に手を引っ込めた。
「すまない、アンジュ!さあ、部屋に行こうか」
国王は、アンジュの手を取って歩き出そうとしたレイフォナーに声をかけた。
「今夜、私の部屋に来なさい。ショールを連れてな」
そう言われたレイフォナーは、ツィアンの宿での会話を思い出した。
バラックがショールとチェザライに、今日中に戻ってこいと言っていたのだ。だが、ツィアンからメアソーグまで上級魔法士でも何日もかかる。
それに国王が護衛を名指しで呼び出すなど珍しく、仕事の話ならば同じ立場のチェザライも呼ばれて然るべき。ということは、個人的な事情、ということだ。
「彼はまだツィアンにいます。さすがに無理かと」
「いや、帰ってくるさ」
ふふっ、と笑う国王に、レイフォナーは首を傾げた。
アンジュとレイフォナーが向かったのは、アンジュが王城滞在時に使っている部屋だ。中に入るとキュリバトといつもの侍女四人が出迎えた。全員涙を流して帰りを喜び、キュリバトはアンジュに抱きついて大泣きした。
「よかった!ご無事で、本当に・・・!」
「ご心配おかけしました」
「ううぅぅ〜〜もう離れませんから!」
二人の再会を眺めていたレイフォナーは、キュリバトが落ち着くのを待ってから声をかけた。
「一緒にいたいが、私は仕事に戻らねばならない。アンジュ、ゆっくり休んで」
「・・・はい」
「キュリバト、アンジュを頼んだぞ」
涙を拭ったキュリバトは、「はい!」と元気よく返事をし、レイフォナーは部屋を後にした。




