第129話 帰国準備
「ん・・・」
レイフォナーが唇を離すと、アンジュはゆっくりと目を開けた。
「本当に起きた!!」
と、全員が叫んだ。
「おい・・・やれと言ったお前たちがなぜ驚くんだ?」
レイフォナーはチェザライたちを冷ややかな目で見た。
眠りから覚めない女性が愛する男性のキスで目を覚ます、という物語はどの国にも存在する。だがあくまでフィクションであり、レイフォナーをからかって楽しんでいたチェザライたちは、まさか本当に目を覚ますとは思っていなかった。
「あれ・・・?レイフォナー殿下?」
アンジュは寝ぼけているのか、ぼうっとしている。
「おはよう、アンジュ」
「・・・おはようございます」
「ここはツィアンの宿だよ。私たちは現実空間に戻ってきたんだ」
「そうですか・・・」
と他人事のように言ったアンジュは、次第に意識がはっきりしてきたようだ。あたりを見渡し、一人ひとりの顔を確認し、驚いた顔をしている。
「ショール様、チェザライ様、バラック先生!それと、えっと・・・?」
レイフォナーは、体を起こそうとするアンジュを手伝いながらフィーを紹介した。
「そうでしたか!フィーさん、ありがとうございます!」
「いえいえ」
アンジュは体調がすこぶる良かった。
腹の子は元気に動いているし、フィーが用意してくれたパンも完食できた。ショールとチェザライからレイフォナー救出の感謝を述べられ、バラックからも「よく頑張った」と褒めてもらえた。
姿が見当たらない白い球体については、バラックから話を聞くことができた。クランツがまだ目を覚ましていないため憶測ではあるが。
「じゃあ、メアソーグに帰ろうぜ!」
「はやくフリアと子どもたちに会いたいよぉ・・・」
ショールとチェザライは、レイフォナーが転移させられてからずっとシュノワに滞在していたのだ。バラックはそんな二人に刺すような視線を送った。
「わしは転移でレイフォナーとアンジュを連れて王城に戻る。ショール、チェザライ。お前たちは自力で戻ってこい」
「はあ?」
「なんで!?」
「レイフォナーを守れなかった罰じゃ。よいか、必ずフィーを連れて今日中に戻ってこい」
「今日中!?」
ショールとチェザライは声を揃えて叫んだ。
「俺、やっぱり連行されちゃうのね」
当たり前だという顔をしているバラックは、フィーに「宿代じゃ」と言って巾着のような袋を渡した。だがフィーは、ズシリと重みがあることを不思議に思った。
袋を開けると、中身はツィアンの通貨だった。宿はレイフォナーとアンジュの二人部屋、自分用の一人部屋をとり、たった一泊しただけだ。それなのに、それら一か月分くらいの支払いができそうな額が入っている。
「レイフォナーとアンジュが世話になった礼じゃ」
とバラックは付け加えた。
「・・・口止め料の間違いでは?」
「ふん。まあ、それでよい。今回の件は他言無用」
ツィアンの硬貨を多めに持ってきたのは、ただ単に不測の事態に備えてのことだ。口止め料などでは毛頭ない。それに口止め料ならばもっと大金を用意するものだ。
「へいへい、わかってますよ」
フィーはとりあえず受け取り、今後について考えた。
これからメアソーグに連れて行かれ、しばらく自由はないだろう。面倒ではあるが、自ら関わってしまったのだから仕方ない。だが数年ぶりに訪れるメアソーグと、復活した光と闇の魔法をこの目で見られるかもしれず、楽しみにも思えてきた。




