第126話 お迎え
フィーは面倒見がよく、さらに空気を読むのがうまい男、というか身の程を弁えている。
風呂に入るか、お嬢さんを医者に診てもらうか、などと世話を焼いてくる。風呂には入りたいが、「彼女が目を覚ますまで傍にいたい」と言うと、「そのお嬢さん、お腹が大きいから心配ですよね」と返してきた。
その一方で、自分とアンジュの関係性や河原で倒れていた理由などは尋ねてこない。さすがかつては魔法学校で勤務し、王族や貴族と接してきただけある。必要以上に首を突っ込まないという精神は健在のようだ。
「そろそろ朝食の時間ですが、どうします?」
懐中時計を取り出すと七時を過ぎている。闇空間では何日も食事をせず、アンジュが救出に来てくれて保存食や菓子を食べたものの、満腹にはほど遠かった。それから数時間が経ち、現在絶賛空腹中だ。
「いただこうか」
「じゃあ、食事をもらってきます」
ドアに向かっていたフィーは、あっ!と言って振り返った。
「でも、平民の料理なんでお口に合わないかも・・・」
レイフォナーは、ふふっと笑った。
これまで数え切れないほど王城を抜け出し、平民の食堂に通った。彼らの生活を知るため、思わぬ情報を仕入れることができるため。何よりも、そんな時間は王子という立場から一時的でも解放されるからだ。
王城で出される一流の料理はもちろん美味しい。だが街の食堂では、豪快に盛り付けられた少し濃い味付けの料理を、周囲の賑わいに溶け込みながらマナーを気にせず食べることができる。それはもう、格別に美味しい。
「私は平民の料理に馴染みがあるんだ」
「へえ、そうでしたか」
フィーは不思議そうな顔をしたが、やはりそれ以上話を広げることなく部屋を出た。
アンジュに目を移すと、まだ眠っている。はやく目を覚ましてほしいが、愛らしい寝顔を眺められるのはわるくない。腹に手を当てると、子もよく眠っているのか静かだ。
アンジュの寝顔を堪能し、レイフォナーは「さて」と言って左の耳たぶのピアスに手を当てた。
それにはバラックの魔力が込められている。だがエゴウェラの山林でクランツの結界を破るため、その魔力を大量に消費してしまった。通信ができるほどの魔力が残っているかは、話しかけてみないとわからない。
「バラック先生、レイフォナーです。聞こえますか?」
《―――レイフォナー!?無事か!?》
「よかった、通じた。ご心配おかけして、申し訳ありません」
《まったくじゃ!今はツィアンにおるのじゃろう?怪我や体調はどうじゃ?アンジュはどうしておる?》
いつも冷静なバラックが、珍しく捲し立てるように質問した。
「闇空間でアンジュが治療してくれたので、心身ともに元気です。アンジュも無事ですよ。まだ眠っていますが。今はツィアンのルンペイという街の宿に滞在しているのですが、ある男に助けてもらいまして」
レイフォナーは闇空間で目を覚ましてから現在までのことをかいつまんで説明した。
《成程、そういうことか。それでクランツ殿下を確保・・・いや、保護することできたのか》
「クランツを保護!?」
《ああ》
今度はバラックが説明を始めた。レイフォナーたちが現実空間に戻ってきたときに感じた不思議な魔力、そして現在のクランツについて見解を述べた。
二百年前のクランツは、肉体が滅びて魂を光剣に封印された。封印が解けたその魂は、メアソーグ王妃の腹に宿っているクランツの魂を闇空間に閉じ込め、心身を乗っ取った。これはどちらのクランツも口にしていたことから、真実だと思われる。
そして今回の件。おそらくクランツは、レイフォナーを転移させたあともエゴウェラの山林に身を潜めていたのだ。そんなときに白い球体が闇空間から脱出し、現実空間に戻ってきた。そして白い球体は自身の肉体に還ったのだろう。
だから部屋の中を捜してもいなかったのか、とレイフォナーは納得した。
「そうなると、二百年前のクランツの魂はどうなったのでしょう?」
「それは・・・わからん」
本人の魂が戻ったことで肉体を追い出されたのか、それとも一つの肉体に二つの魂が存在しているのか。なんにせよクランツが目を覚まさない限り、真相は不明のままだ。
《それにしてもフィーか・・・懐かしいのう》
「面倒見がよい好青年ですよ」
《信用に足るかはまだわからん》
「大丈夫だと思いますよ」
《・・・もっと警戒せんか。あとな、あやつはもう中年じゃ》
「はははっ、これは手厳しい」
《ところで、ショールとチェザライをそちらに向かわせたのじゃが、まだ到着せんか?》
「あー・・・たった今、宿に到着したかと」
廊下をドタドタと走る音とともに、馴染みのある二つの魔力が近づいてくる。そしてノックもなしに勢いよく部屋のドアが開いた。
「レイ!」
「レイくん!」
部屋に入ってきたショールとチェザライは、レイフォナーと目が合うと同時にそう叫んだ。




