第125話 魔法士の男
十五年ほど前、フィーとは魔法学校で何度か顔を合わせたことがある。ショールとチェザライとともに魔法を習い始めた頃で、そのときすでにフィーは上級魔法士であり、バラックの研究室に所属していたのだ。
だがいつからか、フィーの姿を見かけなくなった。
「母国に帰ったと、のちに聞いたが・・・」
「給金もよく、魔法と向き合う日々は充実していました。でも心の中では故郷のことが気になっていて、戻るために魔法学校を辞めました」
「フィーはなぜ、メアソーグに?」
「俺は幼少期・・・ツィアンで誘拐されて、メアソーグの貴族に売られたんです」
当時のツィアンは王政が機能しておらず荒れ放題で、多くの民が貧しい生活を送っていた―――自分も両親もそうだ。だが売られてからはそれ以上の地獄だった。人権などない扱いに、折檻は日常茶飯事。
だが数か月経ったときに、その貴族が摘発された。自分は国に保護してもらい、火の魔力を持っていることがわかった。ツィアンに帰るという選択肢もあったが、魔力に興味を抱き、メアソーグの魔法学校で生活を始めた。
寄宿生活は一人部屋を与えられ、熟睡できる温かいベッドに、清潔な衣服。一日三回の食事はお腹いっぱいに食べることができ、教師は蔑む目を向けてこないし暴力も振るわない。ともに学ぶ生徒たちの多くは貴族だったが、魔力という共通点は仲間意識を高めるのか仲良くなれた。訓練は厳しかったが、日に日に上達を感じる生活は楽しくて仕方なかった。
その後上級魔法士の試験に合格し、魔法学校で働き始め、その数年後バラックの研究室に配属された。
そして魔法学校を辞めて実際にツィアンに足を運ぶと、メアソーグ王太子のおかげで見違えるほど美しい国になっており、人々は笑顔に満ちていた。だが、そんな姿を見ても心は昂らなかった。
記憶をたどり実家に向かうと、そこは空き地になっていた。近所の人に聞き込みをしたところ、どうやら自分が誘拐されてすぐ、両親は強盗に殺されてしまったらしい。両親との思い出はほとんど覚えていないせいか、悲しみに襲われることはなかった。それに、ともに過ごした友人たちの顔も思い出せない。虚しさを感じ、この国に留まる意義を感じることができなかった。
「それからは気ままに各国を旅しています」
そんな話を聞いたレイフォナーの表情は暗い。
フィーにそんな過去があるとは知らなかった。自分が知っているフィーは明るい性格で少しヤンチャだったが、同じ研究室の仲間から弟分のように可愛がられていた。バラックも一目置いていたように思う。
父は母との婚姻を祖父に認めてもらうために、ツィアンの国政立て直しに協力した。それ以降、横行していた強盗や殺人、誘拐などの犯罪が激減し、他国から多くの観光客が訪れる国へと発展した。だが、心に根付いた悲しき記憶まで治すことはできないのだ。
フィーはレイフォナーの考えていることを察したのか、笑顔を向けた。
「俺、メアソーグで魔法を習えたことに感謝してるし、いまの生活が気に入ってるんで」
「・・・そうか」
それ以上言葉がでてこなかったレイフォナーは、コップの水をゴクゴクと飲んだ。
「さて!昔話はこのくらいにして、現在の話をしましょう」
フィーは、昨夜の出来事を話し始めた。
ルンペイにある食堂を出てシュノワに向かおうとしたところ、今まで感じたこともない魔力を感知した。魔力は意識しないと感知できない。しかも知っている魔力でないと感知できないが、その不思議な魔力は勝手に伝わってきた。
只事ではないと思い、向かったその魔力の発生場所は近くの河原だった。そこで倒れている懐かしい魔力を持つ男性、その腕に抱きしめられている女性を発見した。先ほど感じた魔力と関係があるのだろうと思い、とりあえず二人を宿へ運んだ。
「私たちは河原に倒れていた・・・?」
「はい。この街に大きな川があるんですけど、その河原で」
自分が閉じ込められていた闇空間は、アンジュによるとシュノワの海中に位置していたという。だが実際、脱出してたどり着いたのはツィアンのルンペイという街だ。
「そのとき、彼女は手に何か握っていなかったか?」
「手に?」
フィーは目を閉じて腕を組み、そのときのことを思い浮かべた。
「いえ、何も」
「では、周辺に白い球体が落ちていなかっただろうか?このくらいの・・・」
レイフォナーは指で大きさを教えた。
「すみません。そこまでは確認してないです」
河原で倒れていたということは、周辺に石がゴロゴロ転がっていたに違いない。しかも夜間ならば、白い球体が落ちていても気づかないだろう。
自分とアンジュが現実空間に戻ってきたということは、白い球体もどこかにたどり着いているはずだ。脱出前、アンジュは「問題ありません」と言っていた。白い球体はきっと無事だ。
「いや、いいんだ。フィー、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」




