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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇3章◇

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第121話 再会と脱出⑦



「す、すみません!嬉しさのあまり、取り乱してしまいました!」

 と、落ち着きを取り戻した白い球体が言った。


 十八年のときを経て初めて人と対面し、言葉を交わし、触れ合うことができたのだ。白い球体のこれまでの苦しみも現在の喜びも、他者には計り知れない。


 それでも、アンジュはもらい泣きしてしまうほどに兄弟初めての顔合わせに感動した。涙を拭い、白い球体を撫でているレイフォナーの手の中を覗き込んだ。


「ご挨拶が遅くなりました。お初にお目にかかります、クランツ殿下。アンジュと申します」

「はじめまして、アンジュさん。さすが兄上が見初めた女性だ。魂の色も質もとっても綺麗です」

 白い球体は、やはり喋るとプルプルと小刻みに揺れた。

「魂が視えるのですか!?」

「あ、魂ではなく魔力かもしれませんが・・・温かくて、心地よさを感じます」

「そうですか・・・?」


 自分ではわからないが、レイフォナーは「そうだろう、そうだろう」という得意げな顔で頷いている。


 白い球体には聞きたいことがたくさんある。もっとも気になるのは、闇空間に閉じ込められていたにもかかわらず、どうして会ったこともない自分を知っていたのか。それに自分とレイフォナーが闇空間にいることを知っていたかのように、透明な壁に亀裂を入れたときに声をかけてきたことも。


 だがいまは、最優先でやるべきことがある。


「さあ!クランツ殿下とも合流できましたし、一刻も早くここから脱出しましょう!」

「だが・・・クランツは魂だけの状態だ。このまま闇空間を出て大丈夫だろうか?」

「足手まといでしたら、僕はここに残ります」


 アンジュは鞘から光剣を引き抜き、自信たっぷりの笑みを見せた。


「問題ありません。全員で脱出します!お任せください!」


 声には迷いがなかった。双眼は力強く、まるで太陽光が当たってキラキラと輝いているように美しい。レイフォナーと白い球体はそんな瞳に見惚れた。アンジュに任せれば、必ず全員で現実空間に帰れるという安心感で胸がいっぱいになった。


「ああ。アンジュ、頼む」

「アンジュさん、よろしくお願いします!」

「はい!いつまたクランツが現れるかわかりません。急ぎましょう!」


 アンジュはレイフォナーたちに背を向けた。頭の中で脱出の手順をイメージしているのか、透明な壁に光剣をコツンと当てた。アンジュのリュックを背負っているレイフォナーは右手に白い球体を握り、後ろからアンジュのふっくらとしている腹に腕を回した。


「お二人とも、決して私から離れないでください!」

「ふふ、離してと言われても離さないよ」

「う、ん??」

「僕は、えっと・・・落とされないよう気をつけます!」


 アンジュは二度深呼吸し、両手で握った光剣に光の魔力を流した。


「では、いきます!!」


 そして、光剣を勢いよく壁に突き刺した。






「ごちそーさん」


 手の甲で口元を拭ってそう言ったのは、カウンター席に座っている男だ。


 厚切りステーキ、野菜たっぷりスープ、三種類のパン、さらにはビールを二杯飲み、ご満悦の表情で立ち上がった。そしてズボンの右ポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと漁っている。お目当てのものを掴み、ポケットから引き抜いた手を広げた。


「すげー美味かったよ」

 そう言って、手の中の硬貨をテーブルに置いた。

「まいどー・・・おい、フィー、その荷物!もしかしていまから発つのか!?」


 と尋ねたのは、厨房から出てきた白髪混じりの店の主人だ。フィーと呼んだ男の足元にある大きなリュックに気づき、目を丸くしている。


「うん」

 フィーと呼ばれた男はあっけらかんとそう答えた。

「おいおい」


 日が沈み、外は真っ暗だ。こんな時間に旅立つのは危険でしかない。治安がよくなったこの国(ツィアン)でも素行の悪い輩がたむろする場所があり、旅人は狙われやすい。


「やめとけ。朝まで待ちな」

「宿代がもったいないし、俺ならだいじょーぶ」


 自信ありげなフィーは床に置いていたリュックを背負い、黒にも濃紺にも見える髪をかきあげて店主に手を振った。


「またな」

「待て!おいっ、フィー!」


 店主の忠告を無視して食堂を出たフィーは、通りの両脇に立ち並ぶ建物の隙間から夜空を見上げた。


 雲が一切なく、大きさも色も異なる数多の星が輝きを放っている。ふくらみ始めた乳白色の月は、夜という暗い世界の番人のような存在感だ。

 いまの自分は美味い食事に満足して気分がいい。そこら辺のチンピラや組織的な盗賊にも、負けないほどの力もある。それに十年以上も旅生活を続けているが、経験上こんな日に悪いことは起こらない。


「さぁて、次はシュノワにでも行こうかねぇ」


 そう言って歩き出したときだった。


 地響きのような振動とともに、頭上から何かが覆いかぶさったような、身体に何かがまとわりついているような感覚に襲われた。慌てて両腕を見て頭を触ってみたが、何もない。焦りで身体中にじわりと汗をかいているが痛みなどもない。この何かに嫌悪感はないが、得体の知れない感覚だけに不気味でしかない。


 周囲に目を向けると五人ほどが行き交っている。おかしな様子はなく、みな至って普通に歩いていた。


「・・・俺だけ?」


 その場でしばらく考え込んでいるうちに、何かわからないその感覚は薄らぎ消えていった。そして、一つの答えにたどり着いた。


「いまのは、魔力だ」


 感じたこともない魔力がどこかで発生したのだ。火や水、風といった単体ではない。もっと複雑なーーー。


「あの人の魔力に似てる・・・」


 だがそれも違う。もっともっと複雑で、複数人の魔力が絡み合っているような。おそらく関わってはいけない。平穏な旅を続けるためにも放っておけばいい。だが、その正体が気になって仕方がない。


「ああ、もう!」

 フィーは両手で頭を掻いた。


 澄み渡った美しい夜空に、美味いメシ。最高に気分がいいこんな日に悪いことは起こらない。だからこれは、きっと良いことだ。


「首を突っ込んでも問題ない!」


 自分にそう言い聞かせたフィーは右手のひらから炎を出し、大きな鳥をつくった。それに乗り、先程の魔力が発生した場所を突き止めるために飛び立った。



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