第120話 再会と脱出⑥
レイフォナーは少しばかり動揺しているようだ。
「クランツ、なのか・・・?」
と、言った声は弱々しかった。
「はい!兄上!」
対してクランツは喜びいっぱいのテンションだ。
自分とレイフォナーを闇空間に閉じ込めているのはクランツで、この会話の相手もクランツだ。二人の声はよく似ているが、雰囲気が違うせいかまったくの別人に聞こえる。この先の空間にいるクランツからは、嫌悪を一切感じなかった。
「僕は現国王と現王妃の第二子であり、レイフォナー兄上の弟、クランツ・ノーチェス・メアソーグ。母上の胎にいたときから、クランツ・へルグ・メアソーグに身体を支配されています」
いま会話をしているのは、やはり二百年前のクランツに乗っ取られているクランツ本人だった。
「いまの僕は、えっと・・・自分でも詳しくはわからないのですが、魂のような?精神だけのような?そんな状態でこの空間に閉じ込められています」
このクランツは自身の身体を追い出され、これまでずっと闇空間で過ごしてきたという。偶然なのかわからないが、自分たちのいる闇空間とクランツがいる闇空間は隣り合わせに位置し、光剣で亀裂を入れたことで繋がったのだ。
「つまり、十八年も・・・この空間に・・・?」
「はい」
アンジュは血の気が引き、よろけそうになったところをレイフォナーが抱きとめてくれた。
ここは薄暗く、何もなく、誰もいない。精神が崩壊してしまいそうなこんな空間に、たった一人でどれだけの孤独や絶望と戦い続けてきたのだろう。
肩を支えてくれている手から、レイフォナーも相当なショックを受けていることが感じとれた。二百年前のクランツに、心身ともに支配されることが具体的にどのようなものか知らなかったとはいえ、これまで弟の境遇に気づいてやれなかったことを悔やんでいるのだ。
「・・・アンジュ。弟を救えるだろうか?」
その声は震えていた。アンジュはレイフォナーを見上げ、指で優しく涙を拭い、慰めるように頬を撫でた。
「もちろんです」
頷いたレイフォナーは、アンジュの肩から手を離して二歩下がった。
「クランツ殿下、少し下がっててくだい」
アンジュは亀裂に向かってそう話しかけた。
「は、はい!」
という返事が聞こえ、亀裂に光剣を差し込み、下へと振り下ろした。一メートルほどの亀裂ができあがり、光剣を鞘に納めた。そしてそれに手をかけて左右に広げようとしたが、硬いパンはなかなか広がってくれない。
「ぐぬぬぅ、か、かたいぃぃ!」
腰を少し落とし、両足を肩幅に開いて力んでいるアンジュの姿に、レイフォナーは落ち込んでいたにもかからわず笑わずにはいられなかった。おかげで悲しみの涙は引っ込んだが、今度は笑いの涙があふれてしまった。
「ふふふっ、あははっ!」
「な、なんでっ、笑ってるんですかっ!うぬぬぬぅー」
「はぁ、まったくもう」
一生懸命でかわいい、と呟いたレイフォナーはなんとか笑いを抑え、アンジュの肩に手を置いた。
「笑って、すまない。そんなに力んだら腹の子がびっくりしてしまう。私にやらせて」
「・・・」
笑われた理由がわからないアンジュは、ムスッとした顔でレイフォナーを見つめた。
だがレイフォナーが声を出して笑うのは珍しい。ついさっき落ち込んでいたのは幻だったのかと思うほど、スッキリとした表情で笑みを向けてくる。まあ、元気が出たのならいいか。と思い、「お願いします」と答えて亀裂から離れた。
レイフォナーは亀裂の正面に立ち、両手をかけた。たいして力を入れてないように見えたが、あっさりとアーモンド型の灰色の穴が出来上がった。
「開いた!まずは私が中に入って様子を見てきます」
「待って、アンジュ。私が行く」
「いけません!まずは私が」
互いに譲らずにいると、灰色の穴からゆらりと白い球体が現れた。ニワトリの卵ほどの大きさで、満月のように真ん丸だ。
「これって・・・」
「クランツの・・・魂?」
「兄上とアンジュさんだ・・・初めて、人に会えた・・・」
白い球体に口などないが、確かにそれから声が聞こえた。球体自体が声を発しているようだ。それに、喋るとプルプルと細かく揺れるのだ。そんな白い球体には表情もないが、まるで驚きや感動に圧倒されてぼうっとしているような雰囲気を感じた。
レイフォナーは宙に浮いているクランツの魂を、両手で掬うようにして優しく包み込んだ。見た目は鉱物のようだが綿のように軽く、ひんやりとしている。
「兄上の手・・・優しくて、温かい・・・人って、触れ合うって、こんなにも温かいんだ・・・っ」
白い球体は十八年もの孤独から解放され、大声で泣いた。




