第119話 再会と脱出⑤
メアソーグ王城の稽古場では、イルとフリアが手合わせをしていた。ベンチからそれを眺めているのは私服姿のキュリバトだ。
イルはフリアに引けを取らないほど成長した。身体や剣の扱い、動体視力、瞬発力、判断力など、どの能力も上位の騎士団員に匹敵するのではないか。木剣がぶつかり合う音は心地よく、イルのやる気や希望に満ちている姿はキラキラと輝いて見える。
対して、自分はせっかくの休日なのに気分が上がらない。一人でいたら悪いことばかり考えてしまうため、誰かと会うことで気分転換になればと思い、稽古を見に来た。
自分は何かを判断するときも行動するときも、常に冷静な思考でこなしてきた。だがいま思えば、それは冷静でも自制心が強かったわけでもなく、単に感情が乏しかったからだろう。嬉しい、楽しい、悲しい、怖い、焦り、などの感情は自分の心に存在していなかった。
だがアンジュと出会い、孤児院や魔法士以外の知人も増えた。次第にアンジュたちと過ごすことで感情が芽生え、知人ではなく友人と思えるほどの存在になった。
気分が上がらず落ち着かない日々を送っているのは、そんな友人のことが心配でならないからだ。イルに、『アンジュさんを信じることも私の務め』と偉そうに言っておきながらこのザマだ。感情とは人間関係や生活を豊かにしてくれるが、厄介でもある。
「はあ・・・」
とため息をついたのは、キュリバトの隣に座っているダンデリゼルだ。イルの剣術と体術の稽古は日替わりだが、毎日のように王城に足を運んでいる。そんなダンデリゼルも、どこか元気がない。
「イルは元気だなぁ・・・」
「そうですね・・・」
互いの悩みの種が同じだとわかっている。だが内容が内容だけに、語り合おう!とはならない。語ったところで、彼らは待つことしかできないのだ。
そこへ、手合わせを終えたイルとフリアが汗を拭いながらやって来た。
「あたしが相手では、もう物足りないだろう?」
「全然。俺、一度もフリアさんに勝ったことないし」
「騎士団の稽古や任務に参加してみてはどうだ?陛下も喜んで許可を出すだろうよ」
「う〜ん・・・」
「アレも完成したし、実践も必要だと思うが」
アレとは、イル専用の剣のことだ。一般的な剣では、能力を解放した状態のイルが扱えば瞬く間に砕けてしまう。職人は素材の配分量、新たな素材の投入、作業工程などを見直して改良を重ねた。そして先日、ついに世界に一本しかないイル専用の剣が完成した。
フリアに、お前たちはどう思う?という顔を向けられたダンデリゼルは、笑顔を浮かべた。
「いいと思うよ。でもまぁ、体術はまだまだひよっ子だけど」
「うるせー」
「イルさんなら騎士団でもじゅうぶん・・・」
と言いかけたキュリバトは空を見上げ、「バラック先生です」と言って立ち上がった。三人もその視線の先を追うと、真っ白な鳥がこちらに向かってくるのが見えた。
キュリバトの頭に降り立ったその鳥は、ハトのような姿をしている。バラックが魔法でつくった使いだ。
「みんな、いいお知らせだよ。アンジュがレイフォナーと合流したよ。二人とも、たぶん元気」
ハトは子どものような愛らしい声で話した。
「まじか!」
四人は笑顔で目を見合わせた。ダンデリゼルはイルに抱きついて喜び、フリアはキュリバトの肩に腕を回した。
「でも、まだ闇空間にいる」
ハトにそう言われた四人は真顔になり、静かになってしまった。
だがイルは、再び明るい表情を見せた。
「てことは、明日か明後日にでもひょっこり帰ってくるんじゃね?」
アンジュがレイフォナー救出に向かったことを聞かされて、もっとも取り乱していたのはイルだ。だがそれが嘘のようにいまは落ち着き払っている。
「よし、ダンデ。手合わせしよ」
「え、今日は剣術の日でしょ?稽古着持ってきてないんだけどー」
と言われたにもかかわらず、イルは学園の制服を着たままのダンデリゼルの腕を引っ張って行った。
その頃、執務中のメアソーグ国王のもとにも白いハトが訪ねていた。
「はははっ」と声を出して笑った国王は、「さすが我らが女神だな」と続けた。バラックの使いであるそのハトから、アンジュがレイフォナーと合流したという報告を受けたのだ。
国王は椅子から立ち上がり、白いハトを肩に乗せて背後にある窓を開けた。
「あとは無事に脱出するのみ・・・」
「でも、例のお返事がまだ届いてない?」
と、子どものような声のハトが言った。
「ああ。できればレイフォナーたちが帰ってくる前に返事がほしいのだがな」
国王とハトは、窓からバッジャキラの方角を見つめた。