第118話 再会と脱出④
「さて、どうするか・・・」
クランツは薄暗い空間で、両手を頭の下に敷いて寝転がっていた。
ここは闇空間だ。アンジュたちを閉じ込めているそれとは別の空間であるが、クランツにはアンジュやレイフォナーの行動が視えている。二人が合流したことで、このあとどう行動に出ようか考えているところだ。
「アンジュのやつ、かなり成長してるな」
二人は当然、脱出を試みるだろう。それを阻止するか、放っておくか。バラックが転移を完成させたことは把握しており、アンジュがレイフォナーの救出に向かうことは予想していた。だが、闇空間を見つけ出し、ましてや結界を見破って合流するとは思ってもいなかった。
クランツは闇空間でのレイフォナーとの会話を思い出した。
レイフォナーの問いに答えた通り、オーランを操ったことは“遊び”にすぎない。いや、正確には遊び感覚で試した“実験”だ。その実験に乗じてあわよくばレイフォナーを誘き出し、闇空間に閉じ込め、アンジュと引き離そうとした。
ーーーあれ?僕はどうして二人を引き離したいんだろう?
『なぜアンジュに薬を飲ませた?憎んでいるのなら、放っておけばよかったはずだ』
『アンジュを愛しているから、だろう?』
レイフォナーに言われたその言葉が自分の行動理由ではない、と心が全力で拒否する。
「そんなんじゃない!僕はただ・・・あの二人が憎くてっ・・・!」
胸がざわつき、両手で頭を掻きむしってしまうほどイライラする。それを鎮めようと、右へと視線を移した。
そこには古びた骨壺が置かれている。もとは真っ白であったろうそれは薄汚れ、所々に浅いヒビが入っている。クランツはそれを手に取り、胸に押し当てた。
次第に気持ちが落ち着いてゆく。
「いまアンジュと戦ったら負けちゃうかも・・・これは遊びなんだから、深追いする必要は、ない」
自分にそう言い聞かせるような口ぶりだ。複数の闇空間を展開することは魔力に負担が大きく、この状態での戦闘は明らかに不利なのだ。
「いまは大人しくしておこう・・・」
と言って、骨壺を強く抱きしめた。
水魔法の龍は十五分ほど飛行すると、地面に着地した。
龍から降りたレイフォナーの手を借りて、アンジュも地面に降り立った。手を伸ばして数歩進むと、この先にも薄暗い空間が広がっているのに透明な壁のようなものが立ちはだかっている。
レイフォナーも手を当てた。
「これが壁か。アンジュ、次は確か・・・」
アンジュは光の魔力の言葉を思い浮かべた。
(壁に到着したら、侵入時同様に壁に亀裂を入れなさい。その先にも闇空間が広がっており、そなたの助けを必要としておる者が待っている)
(えっ!?それって、私たちのように闇空間に閉じ込められている人がいるのですか!?)
(行けばわかる)
「私たち以外にも転移者がいるってことですよね?」
「だろうな。だがクランツは今回、私以外に転移させた者はいないと言っていた」
ということは、それ以前に転移させた人物だろうか。こんな空間にいては身体が衰弱してしまう。誰であろうと、何人いようと、全員でこの空間を脱出してみせる。
アンジュはそう誓い、光剣の柄を掴んで鞘から引き抜いた。黄金に輝き出した光剣に、光の魔力を流して壁に突き刺した。侵入時はやわらかいパンのような感触だったが、今回は硬めのパンだ。
ゆっくりと光剣を引き抜くと、五センチほどの灰色の亀裂が入っていた。そしてもう一度その亀裂に光剣を差し込もうとしたときだった。
「あ・・・ア・・・さん」
と声が聞こえ、アンジュはレイフォナーと目を見合わせた。
「いま、声が・・・」
「ああ、聞こえた」
歩いても足音もしない静寂な空間だ。途切れ途切れではあったが、人の声を聞き間違えるはずがない。きっと、この先の空間に閉じ込められている人物の声に違いない。
二人は灰色の亀裂に顔を近づけた。
「兄上!アンジュさん!聞こえますか!?」
今度ははっきりと聞き取れた。
なぜここにいるのが自分とレイフォナーだとわかったのか。この声の主は自分たちのことを知っている人なのか。いや、そもそもレイフォナーを兄と呼べる人物なんてひとりしかいない。
だがその人物は、肉体も精神も乗っ取られているはずだ。
この状況をまったく理解できず、レイフォナーに目を向けてみた。やはり相手が誰なのか察しているようで、驚きと混乱の表情をしている。
アンジュの視線に気づいたレイフォナーは大きく頷いて、亀裂に向かって話しかけた。
「ああ、聞こえる」
「うわ、うわあぁぁ、どどどどどうしよう!嬉しい!!僕の声、ちゃんと届いてるんだ!!」
「あの、あなたはもしかして・・・」
「はじめまして、僕はクランツです!」