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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇3章◇
116/116

第116話 再会と脱出②



 そして今度はレイフォナーが説明を始めた。


 目を覚ますとクランツが現れたこと。クランツが姿を消したあと、脱出を試みたこと。どこかに入口はないか、脱出の手がかりはないか。おそらくは何十時間も龍に乗って探していた。

 次第に、自分は何をしているのかわからなくなり、身体に力が入らなくなり、意識が遠のくような症状が現れてその場で倒れてしまった。


 この空間は不思議に満ちている。この空間に転移した時点で、すでに人間の三大欲求が削がれ始めていたのだ。


 一度も空腹を感じず、眠くなることもなく、愛する人を思い浮かべることすらなくなっていた。ここがどこなのか、自分が誰なのかもわからないほど思考力が低下し、頭の中にある記憶というおびただしいキャンバスが、じわじわと黒く塗りつぶされてゆく。


 キャンバスが真っ黒になった自分は捨てられた傀儡の如く、仰向けに寝そべり、ただただぼうっとするだけの時間を送っていた。


 そんなときだった。


(レイフォナー殿下)


 声が聞こえた。


 誰の声だ?レイフォナー殿下とはなんだ?何も思い出せないのに、なんとなく自分の名前のように感じた。呼びかける声の主が誰なのかもわからないが、どことなく懐かしさを感じた。その声は頭に直接響き渡り、停止していた思考力に刺激を与えてくれた。


(誰かが私を呼んでいる・・・?)

(レイフォナー殿下)

(この声は・・・)


 思い出せない。それなのに、忘れてはいけない存在のように感じた。


(起きてください)


 そう呼びかけてくる声は、涙声になっていた。声だけでなく、感情も伝わってくる。なんて苦しそうなんだ。なぜ泣いているんだ?悲しいことがあったのか?頼むから泣かないでくれ。君が泣いていると、私まで胸が痛くなる。


 そう感じるのに、やはり君のことを思い出せない。


(アンジュです!迎えに来ました!)


 アンジュ。この声、その名前は確かーーーゆっくりと黒く塗りつぶされた記憶(キャンバス)が色彩を取り戻していく。もう少しで君を思い出せそうだ。


(三人で一緒に帰りましょう?)


 と言われ、手のひらから熱を感じた瞬間。


 頭の中を強風が吹きつけ、記憶(キャンバス)の黒い部分を一掃してくれた。色鮮やかに浮かび上がったそれらを見渡すと、幼少期から現在までの一瞬一瞬を描写しており、何百、いや、何千枚にも及ぶほどの量だ。


 時系列順に並んでいるそれらの最後の一枚は、薄暗い空間で倒れている現在の自分の姿だった。その横で自分の手を取り、泣いているアンジュの姿も。


(・・・泣かないで、我が最愛の人(アンジュ)


 すべてを思い出し、身体にアンジュの光魔法を浴び、目を覚ますことができた。



 レイフォナーは説明を終え、アンジュは首を傾けた。


 ユアーミラがこの空間で生活できていたのは、クランツが定期的に食料を差し入れるなどの世話をしていたからだろうが、自分は闇空間に侵入してからも空腹を感じたし、眠気にも襲われた。愛する人ーーーレイフォナーのことが頭から離れたこともない。光の魔力を持っている者には、この空間の性質は通用しないのかもしれない。


「先程、三人で一緒に帰ろうと言ってたな」


 と言ったレイフォナーは、ふっくらとしているアンジュの腹に手を当てた。


「なぜ・・・黙ってた?」

「・・・レイフォナー殿下は知らないほうがよいと思ったのです」


 レイフォナーはもう片方の手でアンジュを抱きしめ、目をぎゅっとつぶった。


 アンジュは黙っていたのではなく、言えなかったのだ。光剣を手に入れるための条件を全うするためーーー自分とラハリルの婚姻を成立させるために。


 なんて残酷な決断をさせてしまったのだろうと悔やんでいると、腹の子に蹴られた気がした。


「いま、動いた!?」


 驚いたレイフォナーはアンジュから体を離し、もう一度腹に手を当てた。


「動きましたね。レイフォナー殿下の無事がわかって、喜んでいるのかもしれません」

「いや、違う」

「え?」


 まるで、母を泣かせるな、と叱られた気分だ。自分が傍にいない間、この子はずっと母に寄り添い、感情も時間も共有してきたのだ。怒るのも当然だろう。


 レイフォナーはぎこちない手つきで腹を撫でた。


「お前の母を悲しませてすまない・・・不甲斐ない父を許してくれ」


 アンジュはなんの話をしているのかわからなかったが、腹の子には伝わったようだ。


「あ!また動いたぞ!」

「ふふ、元気いっぱいですね」

「ああ、早く会いたいな」

 妙に恥ずかしくなったアンジュは、話題を変えることにした。

「あの、いまはとにかくここを出ないと」

「そうだな」


 レイフォナーはそう言いつつも、愛おしそうに腹を撫でる手を止めなかった。



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