第115話 再会と脱出①
飛行中のアンジュは光剣を構え、目を閉じ、光の魔力に集中していた。
十分ほど経ったとき。
「あれだわ!」
目を閉じているにもかかわらず何かを発見したアンジュは、それに向かって光剣を横に振り払った。すると、光剣から黄金の光が放たれーーーパシュ、パシュッ、という音が響いた。
「よし!切れた!」
切ったものは鎖状の結界だ。薄暗いこの空間と同色のそれは、目視では区別がつかない。レイフォナーにたどり着けないよう、クランツが空間内に張り巡らせた妨害だ。
結界を突破したアンジュは先程、そのことを光の魔力から教えてもらっていた。
(次に、クランツの妨害のからくりについて。この闇空間内には一定の間隔で結界が張られている。その結界に触れると、空間内の別の場所に切り替わる。先に進むためには、光剣でその結界を断ち切ればよい)
(結界なんて見えませんでしたが・・・)
(目には見えん。光の魔力を通して見てみよ)
一つ目の結界を突破したアンジュは再び光剣を構え、目を閉じている。
そして、二つ目、三つ目の結界も破った。
板がゆっくりと降下し、停止した。アンジュは目を開け、目に映った光景に胸がドクンと嫌な音を立てた。
「え・・・?」
レイフォナーが仰向けで倒れているのだ。アンジュは板から降りて駆け寄った。所々に傷があり、頬が痩け、肌がカサつき、全体的に痩せ細っている。
「レイフォナー殿下」
アンジュは呼びかけてみたが、本人はピクリとも動かない。腰を下ろしたアンジュは何度も声をかけ、体を揺すってみた。
「レイフォナー殿下、起きてください」
まったく反応がない。アンジュは心が焦るのと同時に、滝のような涙がこぼれた。
「レイフォナー殿下、アンジュです!迎えに来ました!」
どれだけ話しかけても、アンジュの声だけが虚しく響くだけだった。
「・・・三人で一緒に帰りましょう?」
アンジュはレイフォナーの手をとり、自分の額に当てた。
もっと早く光の魔力に頼っていれば、レイフォナーはこんなことにはならなかった。闇に対抗できるのは光だとわかっていたはずなのに。光の魔力は温存すべきだという自分の判断に後悔が押し寄せる。
そのときだったーーーピクッ。
「・・・えっ?」
レイフォナーの指が動いたように感じた。その指をよく見ると、やはりかすかに動いている。まるで自分の手を握ろうとしてくれているように思えた。それに、この手はまだ温かいのだ。
「レイフォナー殿下はまだ生きてる!」
そう口にしたアンジュは目を閉じ、レイフォナーの手を強く握り、手のひらから黄金の光を放った。
身体のどこが悪いのか、などと探るまでもない。レイフォナーは明らかに衰弱しているのだ。とにかく全体に光の魔力を流し込んで治療することが最善である。
黄金の光が消え、アンジュはレイフォナーに視線を移した。先程までやせ細っていたとは思えないくらい、いつもの美しいレイフォナーの姿が目に飛び込んできた。首元に手を当てると、しっかりと脈打っていることが確認できた。
「レイフォナー殿下」
アンジュの呼びかけに応じるように、レイフォナーはゆっくりと目を開けた。
「・・・アンジュの声?」
「はい!アンジュです!」
レイフォナーはアンジュと目を合わせた。そして、首を動かして辺りを見渡した。
「なぜ・・・死後の世界にアンジュがいる?」
アンジュは寝ぼけているレイフォナーの頬を思いきり摘んだ。
「いたたたっ!」
「私たちは生きています!ここは死後の世界ではありません!まあ、現実の空間でもありませんけど・・・」
「アンジュ・・・本物、なのか?」
「はい、レイフォナー殿下。お迎えに上がりました」
アンジュはじっとレイフォナーの目を見つめた。
生気に満ちている瞳は、シュノワの漁港で見た青空のような美しい色をしている。クランツに操られていないという証拠だ。
体を起こしたレイフォナーは、いまにも泣きそうな表情でアンジュを力強く抱きしめた。
「温かい・・・それにこの優しい香り、間違いなく本物だ」
レイフォナーは体を離し、アンジュの髪や頬、唇を撫でた。
バッジャキラから戻り、アンジュが村に帰ってからもずっと触れたいと思っていた。忘れなければならないのに忘れられなくてーーー再会してしまったら、触れてしまったら、もう手放すことなどできない。たとえ王子という立場を捨ててでも、アンジュとともに歩む未来を望まずにはいられない。
「来てくれてありがとう、アンジュ」
「はい!」
笑顔のレイフォナーに安心したアンジュは背中からリュックを下ろした。水や保存食などを出しながら、レイフォナーがエゴウェラの山林で転移してからここまでの経緯を説明した。
「アンジュに危険が及ばないようエゴウェラに向かったのに、逆に助けられるとは・・・なんと情けない」
レイフォナーは気落ちしているが、アンジュはそんな彼が情けないとは思わなかった。
闇の魔力を有するクランツの行動など誰にも予測できない。そんな相手に立ち向かったレイフォナーは勇敢だ。それに、レイフォナーがエゴウェラに行かなかったら被害が拡大していただろう。
「“情けない”ではなく、クランツ殿下の罠にかかって“悔しい”と思うことにしませんか?あ、でも!クランツ殿下のほうが悔しがっているかもしれません!私が闇空間に到着したことを驚いていたし、レイフォナー殿下に合流することもできたし!」
前向きで自信を兼ね備えた言葉は、レイフォナーの心に抵抗なく染み込んだ。
出会ったときのアンジュは酔っ払い相手にビクビクしていたが、いまでは闇魔法使いと対峙するまでに成長した。数多の危機を乗り越え、訓練に励んできた結果だ。
自分はもともとアンジュの素朴な見た目や媚びない性格に惹かれ、少し触れるだけで顔を真っ赤にする純情なところも可愛いと思っていた。無人島での逞しさも、光の魔力が覚醒してからの努力も、ユアーミラや母をも絆す人柄も、すべてが愛おしくてならない。
「そうだな。そう思うことに、しよ・・・」
アンジュの顔は真っ赤になっていた。どうやら思っていたことが口に出てしまっており、すべて聞かれていたようだ。アンジュは火照りを冷まそうと、両手で顔を扇いでいる。
「ふふっ、かわいい」
と笑ったレイフォナーは、数日ぶりの水をゴクゴクと飲んだ。




