第109話 出発
シュノワの漁港に到着したアンジュは、静かに海を見つめていた。ショールにチェザライ、そしてバラックとキュリバトも。
今日は転移日和と言っていい。雲がほとんどない青空に、キラキラと光る穏やかな水面。だがその中には潜ってもたどり着けない闇空間が広がっている。
このあとアンジュは闇空間へ転移、ショールとチェザライはシュノワに待機、バラックとキュリバトは王城に戻る予定だ。
「ここに来て、なんとなくあいつの魔力を感じる・・・ような?」
「レイくん、お腹空かせてないかな〜」
アンジュはショールとチェザライに目を向けた。
二時間ほど前。レイフォナーの救出を命じられ、国王とバラックはこのあとの段取りを話し始めた。その間に二人の怪我を治療しようとしたが断られてしまった。
『ありがとな。でも俺の怪我は大したことないから』
『僕も。これから闇空間に行くんだから、光の魔力は温存しといたほうがいいよ』
頭や首だけでなく腕や脚なども負傷しているそうだが、杖や介助がなくてもしっかりと歩いている姿に安心した。
アンジュはバラックに声をかけた。
「どうですか?」
「確かに、レイフォナーの魔力はメアソーグにいたときよりも強く感じる。じゃが・・・闇空間に阻害されておるのか、位置がはっきりと定まらん」
ということは、やはり闇空間内に直接転移することは難しそうだ。だが、レイフォナーのもとにたどり着き、必ず救出できるという自信はメアソーグにいたときよりもみなぎっている気がする。
「だいたいで充分です」
「荷物に不足はないか?」
「はい」
アンジュは光剣が取り付けられているストラップを右肩から斜めに掛け、背中に大きなリュックを担いでいる。異空間で迷子になることや闇空間を見つけたとして、その中に入るにも脱出にも手間取ったときのことを考慮し、中には水や日持ちする食料が詰め込まれている。さらにはブランケットやランプも備わっており、完全に旅人の格好だ。
バラックはアンジュの頭に手を伸ばし、抱き寄せた。
「異空間や闇空間では、おそらくピアスは使い物にならん」
「バラック先生と連絡はとれないということですね・・・わかりました」
「レイフォナーがクランツに操られておる可能性も捨てきれん。油断せぬように」
「はい」
バラックがアンジュから体を離すと、今度はキュリバトが抱きついた。
「やっぱり私もお供します!」
「ありがとうございます、キュリバトさん。ですが・・・なんとなくですが、私一人で向かったほうが上手くいくように思うのです。異空間内ではぐれたら大変ですし。戻ってきたら、また一緒にお風呂に入りましょうね!」
「・・・っ」
まるで最後の別れのように、キュリバトは涙が止まらなかった。
ショールは羽交い締めするようにアンジュからキュリバトを引き離した。
「私!お風呂以外にも、アンジュさんとやりたいことがいっぱいあるんです!必ずですよ!!必ず戻ってきてください!!」
「はいっ!」
アンジュは笑顔で返事をすると、全員と距離をとった。
「アンジュちゃん!」
キュリバトを解放したショールが声を上げた。
「俺たちが力不足なせいで、こんなことになってごめん!レイを・・・頼む!!」
「戻ってきたら、帰還と懐妊のお祝いをしよ!」
チェザライはアンジュに手を振った。
「はい!行ってきます!」
笑顔で手を振るアンジュにバラックが杖を向けると、足元に白い円が現れた。そこから立ち上がった白い光はアンジュを包み込んだ。
ショールは、隣で俯いて泣き止まないキュリバトの頭に手を置いた。
「いつまでも泣いてんじゃねえよ。辛気くせーわ」
「アンジュちゃんを信じて待ってよう?」
チェザライはポケットから取り出したハンカチをキュリバトの目元に当てた。
キュリバトは顔を上げ、アンジュが転移で姿を消した場所を見つめた。
「そうですね」
と言って、精一杯の笑みを浮かべた。




