第101話 村の変化
体調が優れなくても、これまでの生活を送らなければいけない。庭の作物の手入れ、森での薬草採り、日雇いの仕事など。子どもを育てるためには、少しでも稼いでおきたいところだ。
アンジュが庭で畑仕事をしていると、イルがやって来た。
「よう」
「イル!いいところに!野菜持ってかない?たくさん穫れちゃって。この前おばさんに牛乳もらったし、お返しに」
「じゃあ、もらう」
イルの家は忙しくなっていた。牛の搾乳量が増え、子牛や子羊も生まれた。他にも、隣人のおばあさんは杖がなくても歩けるようになり、村全体の作物の収穫量が上がった。
それらはどうやら、光の魔力を有している自分が関係しているようだ。クランツの漏れ出した闇の魔力がバッジャキラの地を砂漠にしたように、光の魔力を有している自分がいるだけで生物や環境に良い影響を与えている。
家の手伝いに、王城での稽古など毎日忙しいイルと会うのは久しぶりだ。
「今日は稽古ないの?」
「うん。今日は休み・・・あれ?こいつ、キュリバト?」
イルはアンジュの肩に乗っている鳥を指で突いた。すると、鳥はバランスを崩してコロンと倒れてしまった。
「なにするんですか・・・」
と低い声で言った鳥は翼をバタつかせると、ものすごい勢いでイルの額に突っ込んだ。
「いってー!」
そして何度も嘴で顔や頭をつついた。
「やめろって!くそっ!!」
イルはなんとか鳥を捕まえ、両手でがっしりと掴んだ。
「お前・・・結構好戦的だな?」
「ごめんなさい、と素直に謝れば許してあげますよ?」
「はあ?ちょっと突いただけだろうが」
「そのせいで転んでしまいました!」
「うおっ!?」
鳥は体から炎を吹き出し、イルは思わず手を離してしまった。転ばされたことが屈辱だったのか、相当怒っているようだ。解放された鳥はあっという間に人が乗れるくらいの大きな鷹の姿になり、口から炎を吐いて威嚇している。
「そんなに燃やされたいのですか?」
「燃やせるもんなら燃やしてみろよ。お前の実体は魔力なんだろ?斬っても問題ねえよな」
イルは腰に携えていた剣の柄に手をかけ、鞘から抜くと鳥に切先を向けた。
「こいつはまだ改良の途中なんだが、どれだけ戦えるか試すのにちょうどいいな」
「折って差し上げますよ」
「あわわ・・・」
アンジュはどうしていいかわからず、ふたりを交互に見た。
ふたりはしばらく見つめ合うと、同時に攻撃を繰り出した。
火魔法でできている鳥自体は触っても熱くないが、口から吐き出している炎は本物だ。そんな鳥にイルは能力を解放して攻撃を仕掛けている。互角の攻防に圧倒されているアンジュは動けずにいた。だが近くに生えている雑草が炎で焦げ、畑を囲っている柵が剣で斬られて一部が崩れてしまったのを見て、このままでは周辺が荒廃してしまうと思った。
アンジュは手のひらの上に、風魔法で二本の縄をつくった。
「やめなさーーい!!」
と叫びながらふたり目掛けて放つと、縄が体に巻き付いたイルと鳥は身動きできなくなり、試合終了となった。
縄から解放され、イルは剣身をじっくりと見つめている。
「折れなかったけど、少し刃こぼれしてんな」
「アンジュさん、見事なコントロールでした。訓練の成果が出ましたね」
「ふたりとも全然反省してない!柵、直してもらいますからね!」
アンジュも手伝い、柵の修繕は問題なく終わった。
お茶でも振る舞おうかとイルを家に招いたが、図書館で借りた本をテーブルに広げていたことをすっかり忘れていた。
「あっ!」
思わず声を上げてしまったアンジュは慌てて本を片付けようとしたが、その行動が怪しく見えたようだ。イルはアンジュが抱えている本を取り上げた。
本のタイトルを見て、イルは目を丸くしている。
「お前、これ・・・」
いずれ妊娠はバレることだが、イルに話しをする心の準備ができていなかった。まだ村人の誰にも言っていない。
「・・・うん。まだ三か月くらいだけど」
「お前が稽古を抜けた理由はこれか」
「うん」
「レイフォナーの子どもなんだろ?」
「・・・うん」
「あいつ、このこと知ってんのか?」
「ううん。伝えてない。だから、イルも黙っててくれる?」
イルはしばらく黙ったあと、アンジュを抱きしめた。
「一緒に育てるか」
「えっ?」
「一人じゃ大変だろ。俺と結婚すれば?」
以前、イルは告白やプロポーズをしてくれた。それを断ったのに、自分のことをまだ想ってくれていたのだろうか。嫌っていたレイフォナーの子であるにもかかわらず、それでも寄り添ってくれる優しさに甘えてしまいそうになった。
「ありがとう。でも子どもは一人で育てるって決めたの」
アンジュは体を離し、イルの頭をポンポンとたたいた。イルのことは大好きだが、やはり弟のようにしか思えないのだ。
「・・・お前のその頑固なところ、ほんと可愛くない」
「どうせ私は可愛くないわよ!」
すると、アンジュの肩に乗っていた鳥がイルの頭に移動した。
「イルさん、またフラれたのですねぇ。お可哀想に」
鳥は先程のことをまだ根に持っているのか、いい気味だ、とでも思っていそうな言い方をした。
「腹立つー!頭に乗んな!なんならもう一戦交えるか!?」
「かまいませんよ」
「もう!やるなら王城の訓練場に行って!」
そんなやりとりを、窓の外から眺めていた者がいた。木の枝に止まっている黒いカラスーーークランツが闇魔法でつくった鳥だ。
「子ができたか・・・二百年前と同じだな。ということは・・・」
と呟いて、黒いカラスは飛び立った。




