表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇3章◇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/129

第100話 新生活



 アンジュが村に帰ってきて一か月が経った。


 すっかり村での暮らしを取り戻し、王城での生活が夢物語だったのかと思うほどだ。だがバラックの魔力が込められている両耳のピアス、寝室のベッド橫に立て掛けられている光剣、まだ平らなお腹ではあるが優れない体調は、それが間違いなく現実であった証拠だ。


 右手中指に、レイフォナーの魔力が込められた指輪はもうない。誕生日の贈り物もすべて、王城を出るときに置いてきた。


 イルに村に戻ってきたことを報告すると、あまり驚いていない様子だった。バッジャキラでの出来事やレイフォナーとラハリルの婚姻を知っていたようだ。イルは稽古で王城に通っているため、バラックにでも聞いたのだろう。『ほんとにいいのか?』と聞かれたが、よく考えて出した結論に後悔はない。




 ある日、アンジュは昼ご飯の準備をしていた。


「はあ・・・」

 というため息をつきながらも、食材を切っている。


 最近、吐き気のようなすっきりしない症状が続いているのだ。あまり食べたくないのだが、お腹の子のためにも栄養を摂らなければいけない。


「何を作るのですか?」

 と言ったのは、アンジュの肩に乗っているスズメほどの大きさの赤い鳥だ。

「スープにしようかと。キュリバトさんも食べますか?」


 アンジュは切った人参を摘んで、鳥の口元に近づけた。すると、鳥は首を左右に振った。


「この鳥は魔力でできていますので、飲食は必要ありません。もう何度目ですか、このやりとり」

「ふふっ、そうでしたね」


 キュリバトが魔法でつくった鳥だとわかっていても、食事を与えてしまいたくなるのだ。王城を離れて村に戻った翌日からずっと傍にいてくれて、休みの日には本人が遊びに来くこともある。だがこの鳥はキュリバトが自主的にしているのではなく、レイフォナーの指示だ。自分の体調や何をして過ごしたかなど、鳥を通して得た情報を毎日報告しているという。つまりは監視だが、父が他界してから一人だったため話し相手がいる生活が楽しい。




 食事を済ませたアンジュはリュックを担ぎ、光剣を腰に下げ、外に出た。


「図書館に行くのですよね?」

「はい。この村から一番近い、ミジュコという町です」


 アンジュは右手を胸元あたりに差し出した。手のひらを上にして風を出そうとしたところ、肩に乗っていた鳥が中指に止まった。


「移動は私にお任せください」


 そう言った鳥は地面に降りると、むくむくと体が変化していった。大人が二人ほど乗れそうな大きさになり、その姿は愛らしいスズメではなく鷹のような勇猛さだ。


「上級魔法士・・・すごい!」

「アンジュさんは毎日魔法の訓練に励んでいますから、いずれできるようになりますよ」

 見た目は違えども、声は先程と変わっていない。

 

 鳥はアンジュが乗りやすいように、地面に伏せるように体を低くした。


「案内、お願いします」

「はい!」

 アンジュが背に乗ったことを確認した鳥は、そう言って飛び立った。


 数か月後に出産という未知の大仕事を迎える。だが妊娠や出産の知識がほとんど無い。そのため以前バッジャキラのロネミーチェの森に行く前に利用した、ミジュコの図書館に行くことにしたのだ。そのときに作った貸出カードがあるため、何冊か借りるつもりだ。




 鳥は上空を旋回し、図書館近くの人通りの少ない場所に降り立った。


 再びスズメのような姿へと変えた鳥を肩に乗せて図書館に入ると、カウンターに男性の姿が見えた。バッジャキラの地図を書いてくれた司書だ。


「こんにちは」

 アンジュは遠慮がちに声をかけた。

「こんにちは・・・おや?あなたはロネミーチェの森の・・・」

 男性司書はアンジュの顔を覚えていた。


 鳥を連れているため追い出されるかと思ったが、魔法でできた鳥だと気づいているようで、特に注意されなかった。

 無事にロネミーチェの森と集落に辿り着けた報告とお礼を伝えると、興味津々な目を向けてきた。ロネミーチェの森の集落には誰も辿り着けないという噂があるからだ。どうやって集落まで行けたのか聞かれたが、イルの超人的腕力で岩を持ち上げたと言っても非現実的であるし、静かな生活を好むマウべライドにとっては噂は噂のままのほうがいいかもしれない。


「それは秘密です。ですが、穏やかで気さくな方々でしたよ」

 と言われた男性司書は、少し残念そうな顔をした。

「うーん。気になりますが、無理に聞き出すのはやめておきましょう。ところで今日は何をお探しですか?」

「その・・・妊娠や出産の本を」

「それでしたら一階右の奥の棚ですよ」

「ありがとうございます」



 お目当ての棚から適当に二冊取り出して、読書スペースでパラパラとめくってみた。これまで村で何人も妊婦を見てきたが、本を読み進めると尊敬の念があふれてくる。


「なるほど・・・吐き気や眠気は、つわりって言うのね」

「しばらくすると落ち着くようですね。アンジュさんはいま、十週目くらいでしょうか?」

「そのようですね」



 妊娠中に気をつけなければいけないこと、出産への準備など知らないことばかりだ。ついつい夢中になって読み進めていると、肩に乗っている鳥がくちばしで頬を優しくつついてきた。


「そろそろ出ませんか?買い物もしたいと言ってましたよね?」


 窓の外を見るとまだ明るいが、掛け時計を見ると夕方に差しかかっている。どうやら三時間ほどここにいたようだ。


「もうこんな時間!?出ましょう!」


 荷物と二冊の本を持ったアンジュは、カウンターへと向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ