第10話 弟
「兄上」
そう言ったのは、レイフォナーの弟で第二王子のクランツだった。金の髪と青い瞳は兄と同じだが、髪が長く小柄で、女の子のような可愛らしい見た目だ。
「いいんですか?ユアーミラ皇女、ご機嫌ななめオーラがダダ漏れですよ?」
「仕方ない。挨拶に行かねばならないからな。お前も行くぞ」
「僕は先程、簡単に済ませましたので」
クランツは普段、部屋に籠りっぱなしで勉強ばかりしている。人と関わることが得意ではなく、時々従者すら遠ざけることがあるくらいで、レイフォナーでさえ彼に会うのは久しぶりだ。夜会にもほとんど姿を見せないが、今回はさすがに参加するよう言われたらしい。
そんなクランツが既に挨拶を終えていることに、レイフォナーは成長を感じて嬉しくなった。
「そうか」
そう言って、クランツの頭を撫でる。
「兄上!僕、もう子供じゃないんですよ!」
照れているクランツは頰を膨らませて抗議したが、レイフォナーから見ればまだまだ子供だ。
「もう、早く行ってください!その間、僕がユアーミラ皇女の相手をして機嫌をとりますから」
「ふふ、頼んだよ」
レイフォナーはショール、チェザライと国王の元へ行き、貴賓と挨拶や談笑を始めた。
そしてクランツはバルコニーへと向かう。
「ユアーミラ皇女」
そう呼びかけられ、夜空を眺めながら一人でワインを飲んでいたユアーミラは振り返った。
「まあ、クランツ殿下。ご成長されて、レイフォナー様に似てきましたわね」
社交の場に滅多に姿を現さないクランツは、ユアーミラと会うのは数年ぶりだ。
「ご無沙汰しております。皇女はますます美しさに磨きがかかっていますね」
と言うと、レイフォナーの婚約者候補だから当然だ、女性は美しさを追求するのが仕事だ、などと自慢げに語りだした。
クランツは話が終わるのを待って、軽く頭を下げて詫びる。
「兄は仕事熱心で・・・婚約者候補である皇女をお一人にして申し訳ございません」
「仕方ありませんわ。わたくし、レイフォナー様のそういうところも好きですの」
ユアーミラはレイフォナーに心底惚れている。
数年前、メアソーグから招待を受けた父親に気まぐれで付いて来たことがあった。そのときレイフォナーと初めて顔を合わせ、一目惚れしたのだ。美しすぎる顔、落ち着きのある声と話し方、自分に向ける笑み、全てに一瞬で心を奪われた。その場でレイフォナー本人に、『わたくしと結婚してください!』と求婚し、すぐに皇帝である父親に婚約を願い出たのだ。
婚約者候補にはなれたが、ラハリルも候補に挙がった。負けるはずはないと思っているが、いまだに正式な婚約者になれないことに、やきもきしている。
「ところで、最近の兄上は少し様子がおかしいのです」
「??」
「我が国にワッグラという村があるのですが、そこへ視察に行ってからなのです。もしかしたら、心動かされる女性に出会ったのかもしれません」
ユアーミラは目を見開き、小刻みに震えている。
そんなユアーミラの瞳をまっすぐ見つめているクランツの瞳が、青から漆黒へと色が変わった。すると、ユアーミラの紫の瞳も同様に変化した。その目は虚ろで生気がなく、いつもの気性の荒さが消えてしまっている。
「・・・村、の、じょ、せい・・・?」
発する声も弱々しい。
クランツは瞳を青へと戻し、指をパチンと鳴らす。その瞬間、ユアーミラの瞳が紫へと戻った。
「こうしてはいられませんわ!調べなくては!」
そう言ってバルコニーを出て行き、少し離れた場所で待機していた付き人になにやら指示を出し始めた。
クランツはバルコニーの柵に肘を置き、頬杖をついてユアーミラを不敵な笑みで見ている。
「ユアーミラ、僕が見込んだ通りだ。君はやはり素質があるよ。ふふ、面白くなりそうだ」