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修羅の刻  作者: 高山 仁
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第三章 影

ACT.1 狂気


 仁は『葵』の器をじっと見つめていた。それがオリジナルだったのか、それとも自分と同じだったのかはわからない。ただ、壊れてしまったそれには、もう何も感じるものはなかった。

「……どうして……」

 葵を残して屋上から降りてきた優香は、その結末に驚愕していた。恐ろしい感覚。哀しみとは違う全く別の、恐怖に似た感情が優香を苦しめた。

「くす、あなたが追いつめた。だってそうでしょ?わかっていたはずだもの、彼が弱いって。弱いって言ったのもあなただし」

 面白そうに言う麗那。壊れた『彼』の形。残酷なまでに、本当のことを口にする。

「……」

 仁はその二人の存在には気づかずにじっと葵を見つめている。優香はただ、涙を止めることができずにいた。

「泣いたってもう戻らない。進んでしまった時間を戻すことなんてできない。これはあなたのせいなのよ。本当に無視していなかったのかしら?本当に避けてなかったの?本当に嫌っていない?」

「……」

「馬鹿みたいに全部曝け出したあいつに。それでも、近づくことを拒んで、振りはしても、本当に近づくことはしなかったでしょ?それとも違うっていえる?」

 麗那の口調は激しかったが、その表情は何故か笑っていた。疑心暗鬼の具現化。壊れてしまった弱さの形。それが、止めど無く溢れていた。

「気まぐれで近づいて、誘惑して、本気にさせて、気に入らないからそれでおしまい。なんとも思ってないのに近づいて、あいつが本気になるの楽しんで、それで終わり。あの時から、近づこうとしなくなったのはあなたの方。あなた自身のこと、一つも話さなくなった。何一つ……」

 いつのまにか麗那の瞳から涙が溢れていた。葵から具現化した存在。だから麗那も、優香の存在が好きなのだ。自分の口にしている言葉、全部勝手に自分が生み出した疑心の塊。それを麗那は知っている。

「……悪い。ただ、ちゃんと会話したことなんてないだろ?だから、全部狂ってくる。本当はこんなにドロドロしてなんていないはずなのに、こっちが好きになってしまった分、考える時間は長いから、どんどん疑心だけ増えてくる。あんたが悪いんじゃない。ただ、独りってこんなものなんだ。悪い方に考える方がやっぱり多い……」

 両手に葵を抱えて、麗那の一方的な言葉に戸惑っている優香に仁は説明する。

「それ、私がもらうわ」

 狂っていたように涙を流しながら笑っていた麗那が、仁の言葉の後、急に冷静さを取り戻してそう言った。麗那の手が、葵の胸に触れる。

「……」

 蜃気楼のように、葵の形が徐々に透明になっていくそのまま麗那の手に吸収されるように消えていった。


「こんな方法でしか表現できない。馬鹿みたいでしょ?でも、毎日毎日、頭の中にあなたがいて、そのあなたでさえ笑わないのよ」

 微笑みながら、自然と涙だけは溢れ続ける。仁はただそうしている麗那を見ていることしかできなかった。

「……責める資格も、権利も私に無いのわかってる。あなたが悪いわけじゃない、誰も悪くない。それもわかってるから、どうしていいのかわからなくなったのよ。気づいたら逃げることしかできなくなっていて、独りになっていて……だから、相談したの」

「……」

 いつのまにか仁も涙を流している。その全てを包み込むように真深が抱きしめていた。

「同情でも、何でもよかった。ただ、何か話すことができれば、それでよかったのに。あなたは急に近づいた。不意をつくように近づいて、期待させて、心奪い取ったくせに、戸惑わせて、喜ばせて、混乱させて、そうしたくせに、急にいなくなった。弱いから、私は弱いから、あなたが言ったくせに、近づけなくさせたくせに、拒んだくせに。

 避けてないなんて、どうして簡単に口にできるのよ!」

 麗那の言葉に、震えていたのは優香の方ではなく仁だった。優香は何の反応も示してはいない。真深はどうしていいかわからなかった。ただ、仁が壊れないように強く抱きしめる。すぐにでも消えそうなくらい、仁は麗那の言葉に恐怖を感じていた。

「……反応するわけないか……。あなたも私と同じ、オリジナルが創り出した影だもの。彼が望む形『真深』。そして現実の形があなた。だからあなたは反応しない。反応できない……だって、オリジナルはあなたがどんな反応をするのか全然知らないんだから……」

 麗那が、力無く倒れた。その瞬間麗那の中から現れたあの葵が支えるように手を差し伸べる。

「……!?」

「驚く事はないだろ。この世界の『律』が、なんで干渉する?精神に侵蝕して、狂わせて、また追いつめて、俺たちは死ねってことか?あんたらが『普通』って表現する人間と、俺たちは異なることばかり『考える』から、現実で俺たちを壊そうとする」

 怒りに似た葵の視線に、優香はただ戸惑った。話しながら麗那を仁たちの側に連れて行く。葵の変化に、震えていた仁は戸惑いすら感じていた。

「現実の俺は弱いさ。なら、現実が今ある現実じゃ無くなればいいんだろ?この今ある形を壊してしまえば、俺は強くなれる。俺が現実に順応する必要はないわけだ。現実が、俺に順応すればいい。違うか?

 簡単に自殺なんてできるほど、優しくはないからね。俺は壊れると、最後まで壊れるから。たとえ『狂人』だといわれても」

 残酷なその微笑みで、葵は優香を優しくただ見つめた……。



ACT.2 己への恐怖


 あっさりと葵は姿を消してしまった。優香も、あのまま家へ帰ってしまったらしい。何かか狂いはじめていた。

「変ね。普通じゃないのに、なんだか気分が悪くないのよ」

 まるで子供を扱う母親のように、真深は仁を抱きしめながらそう口にする。

「……このままじゃ自殺できない。救われもしない。一番、危険な方向に流れてしまうかもしれない」

「でも、それを望んだのも君でしょ?望んだことを叶えようとする。悪くないと思うけど、どうして震えるの?」

 二人の会話をBGMにして、麗那はベランダから星空を見ていた。吸い込まれるような感覚と、冷たい空気が気持ち良い。


「嫌いじゃないんだ。人間が、ただ社会に流されるのも。疑問を抱いても、どうすることもできないままただあるがままを受け入れて、その範囲の中だけでなんとか生きようとするのも。それが、普通なんだなって、それが現実だなってわかってる。

 人の世界も、人間そのものも、俺自身が人間だっていう事も嫌いじゃない。

 ただ、独りなのが恐いんだ。それだけ。独りだから、独りじゃ独りでいることをどうすることもできないだろ?誰かがいなくちゃ、独りじゃなくなることなんてできるわけないだろ?」

「……だから、独りじゃない人たちを壊そうと思うの?」

「わからない。けど、自分のことを殺せないまま、ずっとこのまま存在し続けたら、きっといつか他人の命、奪ってしまうんだと思う。それがどんな状況で起きるのかわからない。起きるのかもわからない。けど、本当に狂いはじめてる。今更、もし誰かに優しくされても、もう遅いかもしれない」

「どうして?」

「……どんな反応していいのかわからない」


 ただ震えていた。自分自身に脅えていた。その仁を真深は抱きしめることしかできない。そうしていても、何も満たされない感覚を真深は感じる。望んでいる行為でも、それが同じ意識の中の創り出された感覚でしかないことを知っているから。

「いくつもの自分がいる。昔のあの時の俺が、目覚めるんだったら、もう子供扱いされなくなった俺は、中途半端なことしないだろう」

 ただ感情のままに、人を傷つけていた過去。どうせ『悪』なんだから、何をしたって構わない。その自己暗示による理由なき感情の混沌。そう、嫌われるために、他人を傷つけていた。他人から『拒まれる』よりも先に、じぶんから『拒まれる』ことをする。拒まれることがあたりまえだと、それが自分だと自分自身で認めるために。

「……そうね。けど他人のこと傷つけるくらいなら、たぶんあたしは死ぬ方を選ぶわよ?あなただってそうしたいんじゃないの?」

 ベランダから仁たちのほうに歩いて、二人の目の前に麗那は座った。そのまままっすぐに仁を見つめる。

「……本当に俺なんかにできるのか?それができないから、誰かを壊そうとするんじゃないのか?そうしたら、この人の世界の『律』で死刑とかで死ぬことができる。それだけの罪になるような『事』をすればいいから」

「本気で言ってる?」

「できるかはわからない。けど、嘘はいってない。そんな風に考えることもある。少なくても殺そうと思えば、できないことはないだろ?現実にそうゆう事件は起きてるわけだし……」

「くす、無理よ。そんな面倒なことするなら、自分の命を奪うわ。他人の命奪っても、簡単に死刑になんてなるわけない。悪ければ、一生拘束されるだけでしょ?そんなことになる危険性があることを、あんたがするわけないじゃない。

 他人を殺せるくらい追いつめられたら、あなたは自分を殺すわよ絶対にね」

 断言した麗那の表情は笑ってはいなかった。言った自分さえもが震えていることに気づく。

「……壊れたら何するかなんてわかんないだろ?今は、綺麗な自分でいたいだけ。本当に絶望したら、自分が何をするのかなんて、その時にならなくちゃわかるわけない」

 だから、早く死んでしまった方がいいのかもしれない。追いつめられてしまう前に、このままの状態の自分を、壊してしまった方が安全なのかもしれない……。



ACT.3 殻


 何かが変化している。そんなことはわかっていた。真深が現れて、独りじゃなくなった瞬間、それが『創られている形』だと感じたのだ。ずっと独りだった。気づいたら独りになっていて、それが昔からずっとそうだったこともわかった。独りじゃなかったことなんて、今まで一度もありはしなかったのだ。

「……結局は独りじゃなきゃ駄目なんだろうな……。どんな反応すればいいか、もうわからなくなってる」

 ぬるくなったコーヒーを口にして、眠っている麗那を見る。あの時、優香に感情を曝け出しすぎたせいで、意識が弱まっていた。眠り続けているのは、オリジナルのダメージが回復していないからだと仁は思う。

「なんなんだろうね。こんなに狭くて息苦しい場所なんていたくないのに、どうしても外に出ることができないでいる」

「……殻が厚いから。ずっと今まで生きてた間、固めて壊れないように厚くしてきたから、簡単には壊れない」

 コンクリートの壁に覆われた密室にいるような、息苦しい感覚。干渉されることを拒んで、独りになることを望んだ結果。

「かなり馬鹿だね。自分で作った殻に、今度は自分が苦しめられているんだから。近くに誰かいるはずなのに、触れることもできやしない。自分で作った殻が、思っていた以上に厚いから、自分の中から抜け出せなくなってる。ホント馬鹿だ……」


 外界から隔離された感覚。殻の中から叫ばないと、誰とも話す機会は得られない。自分から声を出さないと、その中にいるとは誰も気づかないから。

 厚い殻の中のものは外界からは見ることができない。だから、そこに人がいるなんて誰も気づかずに通りすぎていく。隔離された空間。気づかないから、誰も関わってきたりはしない。

「……殻が割れないのは、俺が外をまだ怖がっているからなんだろうか?」

「逃げてちゃ割れないでしょ」

「麗那?」

 眠ったままの状態で不意に唇が動いた。仁の問いに答えたのは麗那だった。

「それなんだけどさ、俺は何から逃げているんだ?俺には何にもないだろ?何から逃げてるんだ?現実?じゃぁ現実って言うのはなんなんだ?誰かが作った社会って言う世界の中に順応することが、現実なのか?それを拒むのは逃げているってことなのか?

 わからないんだよ。俺は何処にいて、何処に向かってる?何処にも向かっちゃいないだろ?俺はずっと此処にいる。此処が何処なのかはわからない。けど、俺は全然動いてなんかいないんじゃないのか?」

「くす、だから独りなんじゃない。みんな、人の世界に順応していく。順応して、そうしないと普通にはなれないから、流されて『大人』って呼ばれるようになってく。あんたは流されること拒んでいるから独りなんじゃ無いの?この人間の作った社会に順応することから逃げてるんでしょ?」

 人の世界。人の社会。そこから抜け出そうとしたら、人は人のままで居続けられるのだろうか。それとも、抜け出せることはできないのだろうか。仁にはわからない。ただ、この時代に満足していないことだけは確かだった。なにも叶わない世界だから。

「……順応できないと、孤独になるのか。狂っているって言われれば、俺は確かにまともじゃないし……。なら、壊すしかないかな。こんなつまらない社会。安全なんて他人から保証されるもんじゃない。自分で自分を守るから、生きてるってこと感じられるんだろ」

「……そうね。大きな殻の中から出ようとしないのは、大人たち。その殻の中から少しでも出ようとする者を、大人たちは鎖で繋ぎ止めてしまう」

 社会という巨大な鎖。そこから逃れることができない。その方法が知りたくても、同じことを考える人はいなかった。他人とは違う。仁はそう感じてしまったことで、他人には近づけなくなっていた。話しても通じることはない。話しが合わないのだ。会話が続かない。

 結局、独りになるしかなかった。誰も本気でこの社会を否定しようとは思っていないから。流されるまま生きるなら、自分から死ぬことを選ぶ。

「……俺は、社会って言う力を怖がってたんじゃないのか?人を殺せば、拘束されて裁かれる。そんな規則を怖がってて、だから何もできないでいる。本当にやりたいことを何もできないでいる」

「それはなんなの?」

「……世界の殻を壊すこと……」

 そう口にした仁の表情が笑った。包み込んでいた殻にわずかに亀裂が生じる。そんな感覚に包まれて、麗那は震えた。ただ、それは恐怖からくる震えではない。快感に似た心地よい震えだった。

「……やっぱ変よあんた」

「そんなこと、わかってる」



ACT.4 深紅に染まる刻


 葵が死んだこと。それが嘘だったように、学校はいつも通りだった。葵という存在が、初めから存在などしていなかったかのように……。だが、屋上にその姿はあった。

「不自然だな……。死んだんじゃなかったのか?それとも……」

 屋上には葵と仁の二人しかいなかった。ただ、葵という存在は本当はもう死んでいる。

「この現実に存在していて、存在していないもの。人の記憶みたいなものだろう?」

 葵の言葉に気を止めずに、仁は屋上から下を見つめた。落ちたら死ぬ。そんな恐怖を感じることができる。

「今の言葉は矛盾がある」

「……そうだな。存在していなければ、此処にはいない。俺が死んだのも事実。この世界では俺は此処から飛び降りて、肉体から血を撒き散らして死んだ」

「ならあんたは誰だ?」

「記憶だろ。現実に存在する人間と、人が創造して創り出される、創造の中の人間。現実の人間が、創造の中の人間には触れられないように、創造の中の人間が現実の人間に触れることはできない。つまりどちらも同じ状態にある。なら、創造された人間が存在していないのかといえば、創造された時点で、すでに存在している」

 仁は風の感覚を味わった。感覚があるということを自分に認識させるために、意識的にそうしたのである。

「なら、俺はオリジナルとは違うのか?」

「おまえはおまえ。あいつはおまえを創り出してはいるが、おまえのように話したりもできなければ、おまえのように現実に存在することはできない。考え方が酷似はしているが、意識的に創り出されているおまえの意識は、結局オリジナルそのものにはなり得ないさ。つまり、おまえはこの世界に存在する、オリジナルとは別の人間。ということになる」

 人の見る夢。見た者の願望などが視覚的に、体験しているような感覚で認識される。目覚めたときにその時の記憶は、曖昧になってしまうが、その時の夢が、現実に近ければ近いほど、現実で体験した記憶として錯覚してしまう場合もないわけではない。

「それに、オリジナルといっている奴が本当にオリジナルと言えるか……」

「何言ってる!」

「わかっているだろう?俺たちがあいつの人格を本当は創っているのかもしれない」

「……」

「何故なら、あいつは独りなんだから」

 不意に強い風が仁の髪を乱した。葵はそれを気持ちよさそうに全身で受け止めている。

「まぁいいさ。どっちにしても、俺はこの世界にしか干渉できない。俺が壊せるのはこっちの世界の存在だけ」

「……精神なら壊せるだろ?」

「無理だね。現実の奴等はその『人の世界』という奴に順応している。少なくても遥かにそうゆう人間が多いだろう?そうゆう奴がこれを読んでいたら、今この瞬間に不快になっているんじゃないか?特に、順応しきっている奴なんてね」

 面白そうに葵は微笑んでいる。まるで誰かを嘲笑うように。仁は、混乱していた。今、どんな状況の中に自分がいるのか混沌としてしまっている。

「俺が現実を認識できないのは、オリジナルという奴が現実を知らないからだろう。まぁ、だからこんなことが書けるんだろうが、現実に順応した奴ほど、難しい言葉で表現しようとする。簡単に言ってしまえば、子供が読んでもわかんない表現を使うってこと」

「……それって、単にオリジナルが無知なだけなんじゃ無いのか?」

 かなり呆れた表情で葵に毒づいた仁に、まぬけな顔で葵は絶句する。

「馬鹿だな俺たち……」

 深くため息をついて、仁は頭の中を真っ白にした。考えすぎると、どうでもよくなってくる。理由なんてものはどうでもいいものかもしれない。結局は理解したような気になるだけでしかないから。

「つかれた……」


 屋上で二人が無意味な時間を過ごしているときだった。麗那は真深のいる保健室に居座っていた。時々訪れる生徒が、珍しそうに麗那を見るが、それ以上の興味を抱くことはなかった。

「最近気づいたんだけど、この世界って繰り返されてるんじゃないかなって」

「?」

 真深が仁を襲ったときの話しで盛り上がっていた中、唐突に麗那はそんなことを言い出した。不思議そうに真深が首を傾げる。

「過去、現在、未来って、要は今よりも以前に起きたことが過去。後に起きたことが未来っていっているだけで、過去から見れば今は未来なわけだし、未来から見れば今は過去なわけでしょ?」

「……それ当たり前のこと……」

 ちょっとからかわれている気分になって、真深は不機嫌そうに言う。

「だから、人の存在している状態が現在。過去は人が通過した場所。未来はこれから私たちが行く場所。その先に滅亡と再生があるとしたら?」

「……なんなの?」

「滅亡は全ての崩壊。再生は全てのはじまり。未来には崩壊があって、その先の未来には始まりがある。だから、生命の誕生は繰り返されているのよ」

 麗那の伝えたいことが、真深にははっきりと伝わってこない。

「崩壊した世界の後、再生した世界がある。ならその再生した世界から見た崩壊した世界は過去の世界ということになるでしょ?」

「……私たちが知ってる古代文明が、崩壊した世界の名残って言いたいの?」

 呆れたように真深は麗那をみる。繰り返されているということは、すでに未来が用意されている。といっているようなものだ。

「そう。だって見たもの、人の全くいないまだ人が行っていない未来の世界を」

「そんな馬鹿なこと……」

 信じようとはしない真深に、麗那はただ自然に微笑んで見せる。

「私の意識が無かった時、私はどこへ行っていたと思う?」

「?」

「きっといつか人が行きつく未来。かなり無機質な世界だったけど、いつかあんな世界になるんだろうって実感したわ」

 何故麗那がこんなことを話すのか、真深にはわからなかった。仁と同じ意識から生まれていても、やはり人格は異なるらしい。

「でも、私の見た未来が私たちの未来って言うつもりはないわよ。もしかしたら私たちの世界が滅びて、また新しく始まった世界の住人が進むことのできる未来なのかもしれないし。まぁ、そんなことどうでもいいんだけど、ただね、私は確かに見たのよ。『用意されている未来の世界』をね」

「そんなこと……」

「あるわけない?世界は全部人が造っているって思ってるの?」

 真深は首を横に振る。仁と重なる部分のある真深は人の世界の形が好きではない。独りだと、まるで取り残されている感覚すらある。そんな世界だからだ。独りが嫌いなわけではない。むしろ独りの方が静かでいい。ただ、その状態で周りを見ると酷く寒くなってくるのだ。自分が何処にいるかわからなくなってしまう。

「あたしには実感は湧かない。あなたたちはオリジナルっていう人のことを感じられるようだけれど、あたしは違うから。だからあなたのいってることはわからない。それが事実だとして、どうだっていうの?」

「くす、別にどうっていうことじゃないけど。言ってたでしょ仁が。この世界にある『律』のこと。この世界の律が、人の未来を用意しているとしたら?」

「何のために?」

 真剣に聞き返してきた真深の問いに、麗那は困ったように考え込む。そんな仕種をして見せた。

「知らない……」

 口ではそう言ってみたものの麗那は理由を知っていた。しかし、言葉には表現できない、感覚で知ってしまったこと。仁の受け売りだが、確かにそうなのだ。わかっているのに、それを伝えることができない。それが不快にも感じられた。

「ちょっ、麗那!どうしたのよ!」

 沈黙した麗那の身体が、急に痙攣する。それは酷く激しいものだった。尋常ではない。電流が流れているようなにも見えるその痙攣を抑えるため、真深は力いっぱい麗那の身体を抱きしめた。

「し、心配しないで……はぁ、はぁ、またどこかへ飛ばされる、だけ、だから……」

 苦しそうな口調で、それでも麗那は笑みを見せて喋った。

「何を言っているの?」

「くす。私は……この時代の、はぁ、はぁ、人間じゃないのよ。いえ、正確には、今の私の意識は、本当はこの時代には……存在していないもの……」

 そこまで麗那が話したときだった。突然、腕に痛みが生じる。気づいて腕を見た瞬間、全身に痛みが次々に襲ってきた。見ていた真深は、麗那の全身を何かが切り裂いているようにみえていた。

「痛っ!……はぁ、はぁ、馬鹿みたいね。この身体を壊しても、私は消えないのに!」

「?」

 痛みに耐えながら、麗那は強い口調で言う。真深は、鮮血に染まっていく麗那の姿に恐怖すら感じていた。

「はぁ、はぁ、ごめん。限界だわ……。説明は、戻ることができたら、はぁ、はぁ、してあげるから」

「ちょっ……と?」

 麗那の全身から力が抜けた。まるで無防備になってしまったため、死んだのかと思ってしまう。が、体温も、鼓動も失ってはいなかった。眠っている状態に近い。

「これ、なんなの?血じゃない……まるで何かの紋様……呪文……なの?」

 傷から溢れ出した鮮血が、いつのまにか変化していた。麗那の身体は深紅の不可思議な模様で全身を覆われていたのである。一見すると刺青のようにもみえるが、それとは明らかに違っていた。良く見ると、麗那の肌に直接、その紋様が描かれているわけではない。まるで紋様の描かれた完全に透明なベールのようなものが、肌に密着するように全身を包んでいるのだ。

 そして、そのまま麗那は淡い光を放ち、眠ったままの状態でゆっくりと宙に浮かんだのである。


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