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修羅の刻  作者: 高山 仁
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第一章 眠る女


 ACT.1 ひねくれもの


 河川沿いの細い砂利道を、面白くもなさそうに少年が一人歩いていた。それが当たり前だから。そう決められているから、その少年、高山仁たかやま じんは中学に行くために歩いていた。誰が決めたのか、仁が生まれたときすでにそれがあたりの前になっていたのだから、どうすることもできない。

「……?」

 仁は自分の進行上の道の脇に、人を見つけた。草むらの中に、明らかにそこで望んで眠っている。ようには見えない女性が倒れていた。この道は、学校指定の通学路にはなっていない。仁にとっては近道として存在している。当然、周りには仁以外に人の姿はなかった。少し離れた舗装された通りに、同じ中学の制服を着た生徒たちが歩いている姿が見えるが、呼んで聞こえる距離ではない。

「見なかったことに……」

 呟いて、通り過ぎようとした仁は、倒れていた女性に足首を掴まれた。

「た、たすけて……」

 擦れた声は、それでもはっきりと仁の耳に聞こえた。特に、驚いた様子を見せず困ったように仁は女性の顔を伺った。

「……なんで、寝てるんだ?」

 しかし、意識を失ったのか、その女性は目を閉じたまま動かなくなった。仁の足首を掴んだ手から力が抜けていく。

(動かして大丈夫かな……)

 仁は女性に外傷が無いかを観察すると、不自然なことに気づいた。何か、違っている。ただ、何が違っているのか、感覚的なことだったため首を傾げただけで、そのままゆっくりと抱き上げた。動かしても問題はない。それをどうして確信できたのかはわからない。ただ、大丈夫だと仁は思った。

「くっ……けっこう重い……」

 仁は他の同級生から比べると、小柄な方だが、女性はその仁よりもう一回り小柄だった。身長はそれほど変わらないようだが、線が細いのである。しかし、重さが無いわけではなく、仁はゆっくりと女性を自分の背中に背負った。一度は腕で抱きかかえたが、その状態で歩くことを考えると、背負った方がまだ楽だった。

(なんで、運んでんだろ……)

 常識的に考えたら、誰か人を呼ぶか、病院に電話するというのが普通だったのかもしれない。しかし、何か感覚的な違和感が、誰かを呼ぶという行為を仁から欠如させていた。それでも、やっぱり重いという感覚が、仁には何故こんなに疲れることを自分がしているのかという疑問を抱かせてしまう。

「ど、どうしたんですか?」

 不自然そうに見られながら、仁はたまたま校門近くを歩いていた担任に声をかけられた。やっぱり人を、それも女性を背負って学校に来る生徒を見れば、驚くのは無理も無かった。

「……見りゃわかるだろ。女を背負ってるんだ……。じゃ、そうゆうことで」

 周りのざわめきを意識しながらも、仁は保健室へ行くために少し歩く速度を上げた。呆然とした担任だったが、当然のごとくついてくる。仁は、ただでさえ目立つ存在だった。といっても、人気者などではない。影で目立っているのである。その生徒が、人を背負ってきたとなれば、やっぱり目立つことこの上ない。

「ちょっと、待ちなさい!」

「嫌だ!」

 別に逆らったわけではなく。仁は早く背中の女性を降ろしたかったのである。とりあえず、保健室にいくことしか頭の中に無かった。始めは病院に直接行くことも考えたが、歩いていくには遠すぎた。家に帰ることもやっぱり考えたが、それなら学校の方が近いと判断して、保健室を選んだのだ。担任と一緒に、仁は保健室に入っていく。

佐伯さえきセンセーいる?ベット借りるね」

「あら、どうしたの高山くん……!?」

 おもむろに女性をベットに降ろした仁を見て、保健医の佐伯真深さえき まみは表情を変えた。明らかに驚いた様子で、後から入ってきた仁の担任を見る。

「仁くん、その女性はどうしたんですか?」

「拾った。道に落ちてて、助けろって言うから連れてきた。佐伯センセー、その人の身体調べといてね。なんで倒れてたのか良くわかんないんだけど、熱あるみたいだから」

 担任に、平然と答えてから真深に女性のことを頼んだ。少し呆然としながら、佐伯は女性の額に手を当てる。熱はあるが、高熱というほどではない。ただ、真深の表情が少し変わった。

御堂みどう先生、ここは私が引き受けますので、高山くんからは少し聞きたいことがありますから、少し預からせて欲しいのですが?事情は後で私から説明しますので」

「そうですか、お願いします」

 軽く頭を下げて、仁の担任、御堂春奈みどう はるなは保健室から出ていった。まだ教師になったばかりで、佐伯よりは年下のせいもあったのか、春奈は簡単に用件を受け入れた。

「御堂センセー、可愛いんだけどなんか硬いんだよな……。で、その女、何者なん?」

「くす、そうゆうことはいわないの。それがね、あなたも気がついてるみたいだけど、確かに違うのよ。ただ、人間なのは間違いないし、特に問題はないようなんだけどね」

 女性には外傷はなく、少し微熱があるだけで、病気というわけではなかった。ただ、極度に疲労している。入院までは必要ないにしても、しばらくは眠ったままだという。

「それにしても、まさか君が人を助けるとはね?何か起きなけりゃいいけど」

「……もう起きてるんじゃん?その女、違うだろ?」

 仁の言葉に、真深の表情が硬くなった。そう、明らかに何かが違う。その感覚はあるのだが、説明する方法を真深は知らない。それは、確信をもっている仁も同じだった。人の言語などでは表現などできないその違和感は、ただ『今までと違う』としか言えないのだ。沈黙した真深に、仁は少年らしく笑みを見せる。その不敵そうな仁を見て、真深は呆れた表情をした。

「駄目よ。この娘には手を出しちゃ。ただでさえ、異質なんだから」

「けど、それ俺が拾ったんだぜ?見返りなかったら、面白くないじゃん」

 平然と言ってのける十三歳の少年は、明らかにオスとしての欲望をもっていた。

「くす、じゃぁあたしが相手になるわよ」

「やだ!」

 本気で言っているのか、真深は平然と十四歳も年下の仁を誘惑する。しかし、簡単に拒まれた。

「なっ、そんなにはっきり拒まなくてもいいじゃない!君がいうとなんか傷つくんだけど?」

「……人の貞操奪ったくせに……」

「あははは……ごめん……」

 苦笑いする真深を仁は少し本気で睨む。が、すぐに表情を和らげた。そして、相手を追いつめるくらい哀しく微笑む。

「ごめん、でもね」

「気にしてない。別に怒ってもない。憎んでもない。……ってことで、この女は貰うから」

 無理に明るい口調に戻すと、仁は眠っている女性の手を握った。瞬間、仁の中に何かが入り込んできた。驚いてすぐに手を離す。異様に冷たい女性の手の感触だけが、仁の感覚を支配した。

「高山くん!ちょっと!ねぇ、高山くん!!大丈夫なの!」

 突然、全身の力が抜けたように女性の上に倒れてしまった仁に、真深は驚いて声をかけた。それでも、動こうとしない仁。

「心臓の音がする」

「……」

 哀しそうに呟いた仁の言葉に、真深は母親のようにただ仁の頭をゆっくりと、何度も撫でていた。



 ACT.2 いそうろう


 その日一日、仁は保健室に居座った。時々女生徒が来たりするが、仁も、仁に気づく女生徒も互いを気にしたりはしない。

 保健室の常連。それが仁だった。全国的に学校に行っても授業は受けず、保健室に居座る生徒が増えている。という話もある。この中学は仁だけだったが、もう見慣れてしまったのか、誰も気にはしていなかった。

 真深と仁の関係。それがどんなものなのかを知る者は二人以外にはいない。気が合う仲。親しい。そう感じる生徒や教師がいるのは確かだろう。だが、それだけなのだ。

 真深は保健医としてはかなり長い間この中学にいついている。そして仁は今年入学したばかりの、生徒の一人にすぎない。二人が、単なる保健医と生徒ではなく同時に、男と女であるということを誰も意識はしなかった。

「で、結局、センセーの家に運ぶわけか……」

「仕方ないでしょ?君の親に頼めるわけないし、保健室に泊めるわけにはいかないんだから」

 完全に授業をサボって、仁は真深のアパートに来ていた。もちろん眠ったままの女性も一緒である。タクシーの運転手に少し不審そうに見られながら、二人は女性を部屋の中へと運んだ。熱は下がったものの、女性が目覚めることはなかった。ただ、眠っているだけのはずなのだが、このままだと衰弱する危険性が無いわけではない。

「……なんで、そんなに綺麗なのに結婚しないの?俺なんか襲わなくたって、近づいてくれる人いるでしょ?」

 少し冗談ぽく。それでも、自然な口調で仁は言う。見た目は少年。『大人』という肩書きに染まっている人間になら、必ず子供扱いされる。しかし、仁の精神年齢は、そんな流されて大人にされた人間たちよりも、遥かに大人だった。

「そうね……。でも、子供の方が好きだし」

「……危ない趣味をお持ちで……。まっ、いいけど。なんか似てたし」

「?」

 少し不思議そうに、仁を見る真深。年齢差は二人には感じられなかった。真深が若く見えるというのも理由の一つだったが、仁の雰囲気が酷く疲れているため、幼さが欠如していた。

「なんか寂しそうだった。すごく寒そうにみえたから、なんか自分を見てるみたいで」

「くす、そんな事言われたら、また犯しちゃうから」

 会話の内容は、他人が聞いていたら不快に感じるか、赤面するのかもしれない。ただ、感情を押し殺さないこと。曝け出して、本音で話す。それが二人の関係だった。


「授業サボって、その上、家出までするなんて、立派な大人にはなれないわね」

「当然。社会や、なんらかの見えない力に流されて、与えられたものだけを受け入れるだけの生き方はしたくないから。立派な大人なんかには、なりたくないし、多分なれないんじゃない?」

 真深はビール。仁は100パーセントの野菜ジュースを飲んで、会話を続けていた。その二人の傍らに、まだ女性は眠り続けたままでいる。

 身につけていたものの中に、身分証の類はなかった。名前もまだわからない。ただ、その女性には同じ感覚を仁たちは感じていた。そう、自分たちと同類。そんな雰囲気がある。

 だから、女性の存在は不快にはならなかった。むしろ、会話が途切れた時、その女性のことを気にすることで、また違う会話のきっかけを作ることができた。

「たまには家に帰ってね。そろそろ君の親、私のこと不審に感じるんじゃない?」

「あっ、それなら大丈夫。センセーのこと信用してるから。自分の子供は信じられないくせに、他人を見る目だけはあるみたいだな。俺が家にいるより、センセーんとこにいた方が安心できるんだと」

 平然という仁の言葉に、真深は複雑だった。仁は気づいているのだろうか、自分が仁の嫌いな大人の一人だということに……。そう思うと、わからなくなる。まだ、自由を求めている少年を、優しい振りをして利用している自分がわからなくなる。

「ごめんね……」

 仁には聞こえないくらい小さな声で、真深はそっと唇を動かした。女という妖艶さを漂わせた深紅の唇を。

「その表情が、なんか好きかな」

 唐突に仁は言う。真深から見れば、まだ幼さの残る無邪気な瞳で、じっと見つめながら。ただ、同時に酷く大人びているようにも見えてしまう。全てを見透かしているような、冷たい雰囲気が瞳の奥に潜んでいるようだった。気を許した相手には甘えるくせに、敵には残酷なまでに牙を向く獣のように……。

「……俺が此処にいるのは、俺がいたいからだから。拒まれたら近づかない。それだけ。だから奪われるのは、拒まれるより遥かに嫌じゃなかった。どんな形でも、求められるのは気持ち良いから……」

 独りの寂しさを仁は知っていた。独りになったことのない者にはわかることのない、その感覚。他人の決めた全ての束縛に逆らって、他人の命奪ってでも、全てを壊したくなる衝動を抑え込めて。それを全部自分自身にぶつけ続ける。常に近づかれることを怖がっていた。

「……求めたのはこっちのほう。近づいたのも私。それに、拒まれたくないのも私。似ているから、一緒にいられるのかもね。重なる部分がなかったら、一緒にはいられない」

 いいながら、そっと仁を背中から包み込むように抱きしめた。仁は背中に異様に柔らかい感触を感じたが、それよりも伝わってくる心臓の鼓動が心地よかった。

「ずっと『いそうろう』してていいわよ。私が、老いても好きでいられるんだったらね」

「……そんなの、その時にならなきゃわかんないから……今はいたいけど」

 答えた仁を真深は強く、力いっぱい抱きしめる。それでも仁に痛みを与えるほどの力はなかった。強く締め付けられている感覚。それは束縛以外のなにものでもなかった。が、その束縛は仁には心地よかった。

(安心できるから、人は束縛されることを拒まないんだろうか……)

 その夜、二人は互いの体温を感じながら眠った……。



 ACT.3 記憶


 無機質な人工物に包まれた世界が広がっていた。自然などというものは存在しない。乾いた空気と、暑すぎる陽射し。コンクリートのような硬い地面から、反射する熱がさらに気温を上昇させていた。

 小柄な女性は、ただ一人で知らない世界に迷い込んでいた。

(なんだっていうのよ)

 ついさっき、道で少年の足首を掴んで、助けを求めた。そこまでははっきりしている。その瞬間から、気づいたら知らない場所に自分がいた。いや、少年に助けを求める前にも、今迷い込んでいるこの場所にいたような気がする。


 確かな記憶はなかった。自分が誰なのかもはっきりとはしない。

 この街。そう知らない街のようなこの場所には、自分も含めて人が存在していなかった。そう自分も含めて。

 陽射しを反射して輝く鏡のような壁には、自分の姿は映らない。自分の体を肉眼で見ようとしても、透明人間になったかのように、自分の姿を見ることはできなかった。身体の感覚はある。しかし、姿はなかった。この世界の存在に触れることも可能だった。ドアに近づけば自動的に開くし、壁を強く叩けば痛みも感じる。自分を抓ることもできる。


「……まるで、未来の世界みたい……」

 街のビルの一つに入ってみた。人の着る服なのだろうか。シンプルで、まるでダイビングスーツのように、身体の線がそのまま見えてしまうようなものが綺麗に並べられている。触れてみると、不思議なほど柔らかく材質は絹に似ていた。しかし、明らかに違う素材だと感覚的にわかる。

 百貨店のような場所なのだろう、服だけではなく、人に関わる『物』が沢山あった。だが『人』はいない。

 何故か機能し続けているエレベーターで5階にいくと、端末が沢山並んでいた。コンピューターで情報を引き出すためのフロアーらしい。何かがわかるかと考えて、端末に触れてみる。操作方法は簡単で、画面に触れて言葉で検索できるものだった。

「……やっぱり……」

 女が一番最初に調べたのは、この世界の自分のいる場所と西暦だった。画面には日本語で、『日本』と『2019』と表示されている。街並みがどこか知っている感じがしていたのと、雰囲気が自分の知っているものとは違っていたため、時代が違っていると女は思っていた。

(……でも、どうして人が……)

 端末で、疑問をそのままストレートに検索してみた。人が何故いないのかを……。

「そんな……。こんなことって……」

 表示された答え。それは人の進む方向を混沌とさせるものだった。信じるにはあまりにも、馬鹿げたこと。しかし、同時に人の存在の真実とも思えてしまう。

 続けてもう一つの問いを女は検索する。人とは何なのか、この世界とは何なのかを。今、この瞬間、未来の形が壊れていた。未来はまさか過去が接触してくることなど予測していなかったのだ。未来だからこそわかる。未来だから知ることのできる。そして、未来だから教えてもいいこと。それを過去の人間に教えてしまった。

「……くす、くすす。そうなんだ。そうだったんだ……」

 女は表示された答えを見て笑った。ゆっくりと感覚が自分の知っているはずの世界に。今いるこの世界から見れば、過去と呼ばれる世界に。戻っていくのを感じながら……。

作者名と登場人物名が同じことに、特に意味はありません。先に別の物語があり、作者名はその物語から、つけたものです。


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