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足跡  作者: 梨樹 凜
1/1

機転




真っ黒な喪服で溢れかえる会場には、昨日まで晴れ予報だった空から雨が降り、冷え切っていた。


喪主の母親と受付をやることになり

弁護士をやっていた父は結構有名なことは知っていたが、こんなにも顔が広かったのかと改めて驚いた。

朝の情報番組に出ている芸能人やバラエティ番組でありがちなテーマを偉そうに答弁する学者や、名前がわからなくても誰もが見たことあるような人物が

参列していた。色々な揉み消しや隠蔽の依頼を受けたりもしたんだろうか。

下劣だが、こんなことを考えるくらい、亡き父を慮る言葉は出てこなかった。前の人に続いて移動する人の中には、テレビに映る顔とは違って覇気のない、おおげさな泣き面で、列になって並んでいるのがなんとも滑稽だなと思っていた。

そんな考えが顔に出ていたのか、受付にいる母に足元を一蹴された。


イ"ッッッタッッッッッ


思わず小声で叫んだ。

涙目で母を睨むと

あんた、ちゃんとしないと殺すわよ。と

相変わらず荒い言葉で諭してくる。


こんなんでも、母と会ったのはつい数時間前だった。


故郷に帰るのは人生で数える程度しかなく、その数回も地元から出なかったクラスメイトらとたまに会う程度の話で、滞在時間なんて、多くて6時間くらいなもんだった。

こっそりとこの人は親戚だの、父さんの取引きさきだの言われても、誰が誰だか全くわからなかった。

"大きくなったね""こんな立派な息子さんがいたとは、さぞかし嬉しいだろうね"と言われ

たが、関係があまりない父のことを言われても

苦笑いしかできなかった。


ひと通り挨拶回りがすみ、やることもなく、ボーっとしていると、大勢いる参列者の中、1人だけ赤ん坊の様に顔を真っ赤にして、全身で号泣している人がいた。

顔が米粒くらいにしか見えない距離にいるのに

周りの人間が少し引いているのがわかる。

葬式だから泣くのは当たり前なはずなのに

それでもあそこまで号泣している姿を見ると引かれるのかとなんとなく周囲が面倒になった。


父は書籍の出版や多数の大学で講義もしていたので

ファンか熱心な生徒かくらいにしか思わなかったが

顔がわからなくなるようほど、嗚咽している姿を見ていると、そんなにも親父の存在が大きくなったんだろうかと気になったので、どんな人なのか気になり声を掛けに行こうとすると

受付から逃げ出そうとしたのと勘違いされ

母さんから睨まれて動けなかった。


正直、何百人もの来場者に挨拶するのは、骨が折れるし、退屈だった。

それでも何故か時間が経つのは早く感じていた。

目を惹く著名人がいたからでも、非日常的な出来事に呑まれているからでもなく、人目もくれず、泣き腫らす姿が気になってくると同時にだんだんと腹が立っていたからだった。


近くにくると20代前後の男性だということがわかった。


もう1時間は経っていたので、流石に泣き止んでいるようだったが

全ての体力を使い果たしたと言わんばかりの疲労感、涙で袖の色が変わり、目も赤く腫らしていたが

よく見ると白く透き通った肌にぶつかりでもしたら折れてしまいそうな華奢な身体、睫毛が長いせいか、光を含む瞳を強調させていた。

その眼が妙に気になってしまい、腹立たしさとは裏腹に、視線が後を追い、鼓動がさっきまでとは違う速さで動いているのを感じた。



たまたまトイレに行くと、さっき泣き腫らした顔の男が、ハンカチで口元を覆い、洗面台に俯いていたので咄嗟に声をかけてしまった。


"大丈夫ですか。"


声をかけた瞬間、身体で大きく驚いたので

反動で尻餅をついてしまっていた。

驚かせてしまったことに、申し訳なく思い

手を差し伸べて、立ち上がらせようとした瞬間

勢いよく起き上がってきた。

男の肌が絹のように美しく繊細な顔立ちをしているのがよくわかった。

男は会釈をし、走り去ってしまった。


あまりの勢いに、一瞬固まってしまったが

次の会食へ移動する前に、用を足しに来たことを思い出し、急いで戻った。


その後、会食の会場ではその男を見ることも無く

忙しさや緊張にのまれ考えるのも忘れてしまっていた。



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