訃報
民俗風ホラーです。
残酷、不快な描写があることもありますが、ご了承下さい。
突然の訃報。それは、正也に想定外の帰郷をもたらした。
バスから降りると、そこには三年前と何も変わらない風景があった。自分一人だけの乗客が降りると、そのまま誰を乗せることもなく、バスは空き地でUターンし引き返していった。
空調の効いた車内にいたせいか、真夏の焼けるような熱さが心地よかった。それでも、さんさんと照りつける夏の太陽から逃れ、老朽化した木製の停留所が作る影に入る。同じく老朽化したベンチに座り、四角く区切られた視界から故郷を見渡す。
青々と広がる田んぼに、四方を山に囲まれた盆地の地形。山沿いには平屋の家屋が建ち並び、近代的な建物が無いのも、過疎化の進む村を象徴しているかのようだった。人の少ないこの村の中にあってなお、正午のこの時間では農作業する老人も見あたらず、遠くの山から聞こえる蝉の声だけが響いてくる。
今日は真夏日だと天気予報は言っていたが、舗装されていない土の道路に、水の張った田んぼのおかげか。影にいれば涼しげな風も吹き、爽やかな気分も味わえる。このような、田舎では当たり前であることを求め、都会のコンクリートジャングルですり減った心の持ち主が、和やかな田舎の風景に癒されに来るのだろうか。
正直な話、田舎が好きではない。それは、このバス停からふもとの町まで一時間、毎日この村から学校に通っていたことも関係しているし、この村の子どもは自分の家だけ。兄と、僕と、妹だけだった。兄とは年が離れ、妹は病弱で学校には通わない。たった一人でこの道を往復していたことを考えると、田舎が嫌いになることも仕方がないだろう。
あらためて風景をみる。胸のすくようなきれいな風景、のはずだ。しかし、心の内にわき出てくるものはどす黒い感情だった。
――――不便、それだけではない。それだけなら、田舎の不便さを笑って、都会に出たらそのことを笑いの種にできる。問題の本質は別にあった。
『呪われた家』
もはや田舎でそれは滑稽ですらないような表現だが、これはその家で暮らしていた正也が一番感じていたことであった。今回の帰郷も突然の訃報で呼び出されたことを思うと、ますますその信憑性が増してくる。三年前まで暮らしていた、祖父と、父と、兄と、僕と、妹がいた家。
二度と帰らないつもりだった。
エンジンの唸りが遠くから聞こえる。どうやら迎えが来たようだった。
「正也君、だよね。きみ」
軽トラックから降りてきたのは、眼鏡を掛けた壮年の男だった。垂れ目と刻まれたしわが、いかにも人の良さそうな顔を演出している。
「はい。お久しぶりです。郷長さん」
郷長さんは村をとりまとめる顔役のようなものだ。
「いや、随分と大人びてて、分からなかったよ」
そう言う郷長さんの顔は三年前と全く変わっていない。自分が成長したのか、それとも村が変わらないだけのか。
「このたびは、ご愁傷様です。きみも遠くから大変だったろう」
「いえ、身内の不幸ですから」
「ん、そうかい……」
それきり車内が無言になる。
舗装されてない道を走る軽トラックは、がたがたと派手に揺れる。
しばらく無言で軽トラックは走り続けていたが、郷長さんは重苦しげに口を開いた。
「…………ところで、美咲さんは来られないのかな?」
「…………」
この質問は予想していた。母は、身内の不幸にあまりにも無関心すぎた。
「母は、来ませんよ」
「ん…………」
自分で予想していたより冷たい言いかただったかもしれない。再び車内に無言が満ちる。今度は聞きづらいことを聞いたせいか、さっきよりも車内の空気が重い。
今度は、目的地まで郷長さんは口を開かなかった。
眼前に大きな門が見えてくる。軽トラックが開け放たれた門にそのまま入ると、これまた大きな屋敷が見えてくる。門と屋敷には黒と白の提灯が置かれ、確かに葬儀が行われるのだと感じられる。そのまま軽トラを屋敷の前に横付けする。郷長さんは軽トラから降りると、近所に住んでいたおばあさんと一言二言話し、戻って来た。
「おじいさんは住職さんのところに行っているらしいね。長旅で疲れてるだろう。準備は村の者が手伝っているし、今日はお通夜だから、きみは今のうちに寝ておくといい」
軽トラから降り、体を伸ばすと体がポキポキと鳴る。ふと、こちらを伺っていたおばあさんの方を見ると、気まずそうにそそくさと去っていった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
実際、始発からの長距離移動はかなり堪えていた。体もだるいし、なにより腰にきていた。このまま徹夜は少しきついだろう。
「でも、先に線香だけあげときます」
「――――うん、そうだね。そうするといい」
郷長さんの後に付き、縁側から上がる。
屋敷の中では、村の女性方が忙しそうにお通夜の準備をしていた。たいした人数はいないけれど、過疎化と高齢化の進むこの村で、これだけ集まってもらえることを感謝しなければ行けないだろう。座敷に上がると、こちらにきづいたのか、みんなの手が止まる。郷長さんが気まずそうに手振りで仕事を促すが、それぞれが仕事に戻ってもこちらを見る視線を感じた。
座敷を通った奥の間には立派な祭壇が据え置かれていた。
祭壇の前に正座し、線香を取る。すでに辺りは線香の匂いに満ち、これが葬儀であることを主張していた。
蝋燭から火を移し、線香を灯す。それを立て、鐘を打ち鳴らし、手を合わせる。
――――黙祷。
目をつぶり、静かに耳を澄ますと、お通夜の準備を手伝う村人がこちらを伺う視線や、ひそひそと話す声がより感じられる。
田舎は変化が少ない。どこそこの家の茶碗が割れたことですら夕食の話題として提供されるほどだ。口さがない人も、そうでない人も、久々のセンセーショナルな村の事件に興味津々なのだ。多少無遠慮であるのも、この家の昨今の問題の多さと、日頃の付き合いの悪さも影響しているのだろう。
目を開き、祭壇を見上げる。そこには、なつかしい顔があった。別れてから3年しか経っていない。その写真は記憶のなかの面影のままだった。
村の大地主であった、旧家『松井戸家』を襲った悲劇。
祭壇に立てられた遺影は二つ。
僕の、『父』と『兄』の遺影だった。
とりあえずプロローグ的な。
妹に期待はしないほうがいいですよ。