和平と魔女協定
本日二話目です。
――時は半年前に戻る。
リグド皇国のとある港町に、異国の帆船がゆっくりと入港してきた。
見た目こそ良くあるガレオン船だが、両側に大きく異なっている部分がある。
船の左右には大きな外輪が設けられ、水しぶきを勢いよく上げながらグルグルと回転していた。
マストの帆には太陽を表す絵が中央に大きく描かれ、船橋にも同じ柄の旗が幾つも立っている。
これはウェステリアと呼ばれる国の所有物であることを示している。
この国は地図の極東に位置する小さな島国でありながら、千年間に亘って他国からの侵略を許していない。
更に他の国との外交を殆どしないので、ウェステリアの実態は謎が多い。
しかし、魔法技術に関しては他国に追随を許さないということ。
それを生かした造船技術を導入した海軍は、この大陸最強と名高いリグドでさえ手が出せないということ。
この二つの事実は、半ば伝説のように大陸中で知れ渡っていた。
港の桟橋には、沢山の人が歓迎の為に集まっている。
その中にはこの国の次期皇帝である皇嗣の姿もあった。
異国からの客人とはいえ、大陸最強の魔導士と謳われる彼が態々ここまでの対応をすることはかなり珍しい。
だが今回に限っては、それも当然かもしれない。
今日はかの強国ウェステリアと魔女協定を結び、友好の証に互いの国の魔女姫を伴侶として送り出すのだから。
そしてウェステリアの姫を伴侶とするのはもちろん、この国の皇嗣であるジェイドだ。
そして今、待ちに待ったウェステリアの姫が到着した。
港の桟橋と船の間には階段状の橋が掛けられ、甲板から数人の屈強な身体つきをした乗船員が降りてきた。
観衆の期待が高まる中、遂に本日の主役が現れた。
彼らの後に続いて、赤薔薇色のドレスを身に纏った少女が小気味良くトントントン、とステップを歩いて来た。
胸元に提げた太陽石の宝石が嵌まったネックレスが揺れて、その度にキラキラと輝く。
太陽に似たオレンジ色の美しい長髪を潮風にたなびかせ、大輪の向日葵のような笑顔を咲かせている。
歳の頃は十八になった頃であろう。
極端に美人という訳では無いが、見ていて優しい気持ちになれるような可愛らしいレディだった。
彼女こそが燦爛の魔女。
ウェステリアの姫、カレンである。
そしてリグド側の姫も、ジェイドの隣りへと現れた。
ドレス姿のカレンとは違い、髪色と同じワインレッドの派手な軍服を着た、凛々しいショートカットの女性。
気の強そうな鋭い目付きを見せ、可愛いというよりキレイな顔立ちをしている。
皇国唯一の姫であり火魔法の使い手、情熱の魔女ルビィである。
「ウェステリアから参りました、カレンです。不束な娘ですが、末永くよろしくお願いします」
ジェイドたちの前にやってきたカレンはドレスの裾を摘まんで、カテーシーの礼をとった。
それを見たジェイドはフン、と鼻で笑うと「歓迎する」と、思ってもいなさそうな言葉をそっけなく返した。
カレンはここまで遠路はるばるやってきたのに『それだけ?』と内心思ったが、まだ会ったばかりだ。
ここで態度を悪くして、協定がご破算にでもなってしまったら困る。
笑顔を崩すことなく、隣に居るルビィにも挨拶しようと向き直った……が。
「ルビィよ」
「え……?」
しかし彼女は挨拶は不要、とでも言うように自分の名前を一言だけ告げると、そっぽを向いてしまった。
ルビィは今から、ウェステリアの船に乗って嫁いで行く娘だ。
にもかかわらず、こちら側には挨拶もしない無礼な態度に、ウェステリアの面々は呆気に取られてしまう。
(これだけ歓迎ムードを作っておいて、なぜ? 私、何か失敗したのかしら……)
「あ、あの……?」
気まずい雰囲気になり、声を掛けようとしたところで、スッとルビィがカレンに近寄ってきた。
そして耳元で――
「リグドの女は戦うのよ? アンタ、そんなに長い髪で戦えると思っているワケ?」
「え、きゃあっ!? 髪がっ!」
「あら? アンタが腑抜け過ぎて、ついつい手が滑ってしまったわ」
忠告された、と思った瞬間には、カレンの美しい長髪の先に火がついていた。
(やられた……この娘!!)
どよめくウェステリアの護衛とは対照的に、リグド側は意地の悪い笑みを浮かべている。
きっと最初っから、歓迎だなんて上っ面だけだったのだろう。
しかしカレンだって一国の代表としてやってきた。
これ以上は怯まない、取り乱さない。
自身の髪が燃える中、後ろに控えていた護衛を呼び、己の剣を貸すように言った。
戦う気か!?と一気に緊迫し始めた空気の中、カレンは手馴れた手つきで剣を持つ。
ルビィが戦闘の構えを見せて「挑発が成功としたわ」と笑った。
だがカレンは剣をルビィではなく、自分へと向けた。
「アンタ、なにを」
――ザシュッ
ルビィが最後まで言い切る前に、剣はあっさりとカレンの首元を通り過ぎていく。
カレンは、自慢だった自身の髪を潔く肩口で切ってしまったのだ。
ハラハラと落ちていく絹のような髪。
結局火は髪を燃やし尽くすまで消えず、最後は灰となって潮風と共に海へと落ちていった。
てっきり刃を向けてくると思って身構えていたルビィは、大胆な行動に出たカレンに唖然とするしかなかった。
そんなルビィの様子を見て、カレンは内心で『してやったりだわ』と喜ぶ。
トドメとばかりに、カレンは彼女に対して「ウェステリアをよろしくお願いします」と頭を下げた。
「は、ははは!! ただの甘っちょろい奴だと思ったら、とんだ馬鹿だったようね。……アンタの大事なウェステリア。奪ってアタシの国にしてやるわ」
高笑いを上げながらカレンにそう言い放つと、自国の民に振り返ることもせず、さっさと船へと乗り込んでしまった。
こうして和平の為の魔女協定は、波乱の中に幕を閉じた。
カレンは馬車へと案内され、ジェイドと一緒にこれから住むことになる皇都へと向かっていた。
「なぜ、あんな事をした」
「……すみません。あんな事、とは?」
乗車してからというもの、半日近く一言も発さなかったジェイド。
ずっと不機嫌そうな顔をしていると思ったら、急にそんなことをカレンに言い出し始めた。
カレンも何をそんなに機嫌が悪いのか分からないので、しばらく放って置いたのだが……。
「さっきの愚妹に対してだ。俺の伴侶ともなろう女が何故、頭を下げる?」
「……すみません」
「ふんっ」
つまり、こういうことだった。
ジェイドは弱者に頭を下げるのは、自分がそれ以下だと認める行為だと怒っていたのだ。
皇国最強の魔導士と言われるジェイドにとって、強さが全てである。
弱者は要らない、と遠回しにカレンに言ってきた、ということなのだ。
しかし、そこはカレンにも譲れないものがある。
誰に対しても礼を尽くすのがウェステリアのしきたりだ。
リグド皇国に嫁いでもそれは変えたくない、自分の芯となる部分だ。
馬車の窓から外を眺める。
彼女の瞳に映るのは、奴隷のようにこき扱われる農民たち。
ここでは魔力が兵としての基準に満たない民は、人権が認められないらしい。
他国を攻め滅ぼし、強大化してきた弊害が自国の民にこうして向かってしまっているのが良く分かる。
ネックレスのペントップに嵌められた太陽石を握るカレン。
この魔女協定によってリグドは戦争をやめた。
だが国民はどうなる? 虐げられたまま一生を過ごすのか?
彼女は王妃となってこの仕組みを変えたかった。
自分一人でどうにかなるとは思ってはいなかったが、それでも実績を積んで発言力を集めれば少しでも変えられるはず。
(まずは味方を増やすことからよね……)
その為にはまず、この脳味噌まで筋肉で出来た皇嗣をどうにかしなければ……
ルビー(紅玉):燃えるような赤色が特徴。ちなみに紅いサファイアをルビーと呼ぶ。
シトリンとルビーの相性
それぞれの特色があまり噛み合わず、相性は良いとは言えない。