第3話ー頭から離れない存在
「キーンコーンカーンコーン......」
5限終わりの鐘の音が重く響く、全く言葉のない教室の静寂を破るが早いか、雑多なざわめきの音が海鳴りのように遠く近く響いている、ホッとした声や元気を取り戻した声とともに。
「テスト、やっと終わったー!」
「あーこれ間違った、悔しいー!」
「さて、今日は何点取れるかな......」他人に関することを一切無視、こりゃ進学試験の一番重要なポイントだ。僕は机椅子に座ったまま腰を曲げ、引き出しから苦手科目を克服するために作ったノートを取り出し、めくりめくると付箋の場所を読み返し、独り言をした。
「そんな気にせんでええんやで!バスケやらん?」
「え?今?」僕は顔を上げ、先生の姿を探し回る。
「安心せぇ!ちょっとやるだけやから先生にバレへんよ」
「そう?まあ、別にいいけど、」けどなんだか嫌な予感しかないわ。
僕ら3人こっそり一階に降りて、光の煌めきが美しいところに向かっていくと、バスケコートが目の前に広がっている。
こりゃまさに、「自由の象徴や!」あまりの感動に、僕は言い出さずにはいられなかった。
暖かい陽だまりの中、僕と同じクラスのツバサやゆうし三人が1つのボールを奪い合い、柔らかい光が優しく顔に当たり、嫌な予感なんて別にどうでもよくなってしまい、今ここにいることは何よりも。となんとなく考えが真逆になった自分に感心した。
「おい!ふざけんなよ!お前ら!」どこかで聞き慣れたその声が不意に背中を強く打つ、恐怖のあまり耳元に届いた瞬間に鳥肌が立っちゃった。「やばっ!」と予想しなかったゆうしが悲鳴をあげ、「さっさと戻れ!」と先生の怒り。
重い罪を犯しちゃったわけでもないのに、担任の先生がものすごく怒っていた。
「今日は休日かい?!次のテストを準備せんでもいいんかい?!」
長い廊下の突き当たりには、僕らが壁に沿ってずらりと並んでいる。目の前には真っ赤になった先生の顔、目はねぶたの瞳と同じくらい大きく見張るまま強く叱った。
「いや、それは......」俯いたツバサはちらっとたくを覗き、何らかの釈明をしようとしたけれど、先生の鬼気迫る顔にビビったせいで、顔を上げることもできず、また飲み込んでしまった。
* * *
5坪くらいのワンルーム、手作りだらけのお部屋。「ああ〜三脚があればなぁ〜」と呟きながらスマホをカップの上に置いたら壁に寄せ、部屋の隅っこに置いてあるやや大きなテーブルで作業を始めた。自分は自分だから、ずっと文句を言っても変われないんだよーと、心の中で自分に言い聞かせつつビデオなりの赤いボタンを押すや否や、みなさん!こんにちは!桜井さめきです!今日は何曜日ですか?
日本語の発音がクソ下手にしても自信満々にカメラ向いて明るく挨拶した。
「中国語の曜日は特に簡単!月曜から土曜は一から六、例えば月曜は『星期一』火曜は『星期二』,こういう流れだけれども、日曜日だけは数字ではない、つまり『星期七』は呼ばない......え?読まない?どっち?」
カメラを一旦ストップし、キーボードを突然降ってきた雨のようで素早く打って、調べ始めた。
そして、またカメラの画面を戻し、髪の毛を指で軽く流したりして、
「5、4、3、2!」赤いボタンを再び押し、撮り直し3度目が始まった。
* * *
水色に澄んだ爽やかな空には、月が淡く光っている。周りの空気はからりと乾いていて、枯れ葉の匂いが含まれた清風がやや強く、駐輪場の奥に進んだ僕の背中を押した。僕は自転車から降り、いつの間に......?
枯れた楓が染めたように暗く赤く、地面に散らばって、足を動かすだけでカサカサと音を大きく立てた。僕はすっかり疲れ切った足を引きずりながら、家まで落ち葉を鳴らしていた。
「ただいまーー」玄関のドアがゆっくりと開かれた途端、香ばしい匂いがふわっと漂ってきて、心地よく鼻をつく。
「おかえり〜」キッチンで料理をしていた母さんが振り向いて微笑み、
「あら、どうした?」
「いや、なんでもねえ。」部屋に向いてくその寂しい姿を母さんが見送り、見えなくなるまで......
「いつにも増して疲れたよね」作りたての暖かさをテーブルにこっそり置き、「授業お疲れ。」と料理を凝視しながら優しく呟いた。
「たく?」メッセージの通知音が鳴いて、部屋の重苦しい静寂を蹴破る。
「どした?」夢の中に引き込まれるようなぼんやりした感じが襲われて来る直前、彼女からのメッセが来て、僕の霞んだ意識を呼び覚ました。
「ただ今編集終わったー!」
「お疲れ!じゃやる?」
「ええよ、やろう!」また間違えたか......今回をきっかけとして教えようか!僕はスマホを持ち上げ、キーボードをカチャカチャ叩き始めた。
「あのう、ずっと言いたかったけどさ、」
「え?なになに?」
「『ええよ』は男が使う言葉だ、女の子なら『いいよ』でいい」
「そっか......え!そっか!」頭の中で前にアプリでやりとりをした全ての相手とのそれぞれのシーンを思い浮かべて、「本当だ......」あまりに恥ずかしくていたたまれない気持ちになってしまった瞬間、頬はリンゴ色に赤く染まっていた。
あ!確かに!「ええよ!」と言ってくれた人は全て男だ!
刹那、スマホでバイブが震えて、着信音が花火のように、静かな夜空に輝く咲いてきた。
「もしもし?聞こえる?」
「うん、聞こえるよ?」いつもこのパターンが流れたら、彼はいつものように言った。
「中国語やろう?」
「いいよ!じゃ今日はですね、曜日の授業を動画撮ったので、今日は曜日の単語を覚えていこうか!」
「へーいいね!実用的な感じ!」
「だよねー学んだらまたこの動画を見て復習してね!」
「はーい!」
全てが順調すぎるほど今の自分はまるでユートピアにいるような、現実には決して存在しない理想な社会、不本意のない世界。
明るい青々とした草原から遠くまで広く見渡すと、心地よい涼しい風が吹き抜け、靡かせていた長い髪がゆらりゆらり揺れていた。ゆりにとって、彼の声や返答はまさに心を和ませて穏やかになるという魔法的な甘い薬だ。
* * *
「じゃここで終わり!」
「あー疲れたぁー」さっきまで学んでいた曜日の知識を全て頭の中に飲まされていて、苦痛だったはずなのに、知的好奇心が満たされたおかげで、気分が清々しくなり、心の疲労感も軽くなっていたたくが今日の出来事を何気なく話し出した。
「あのさ、今日クラスメートとバスケやって先生に怒られちゃってさ」
「へーそうなんや!」あ、違う、これやばいじゃん!相槌を打つの慣れすぎて、つい思わず言い出してしまった。まあ、いいか!
「めっちゃやばいやん、その後どうなった?」
「まあ、怒られただけやで、別に大したことないからな」心配しないでと言わんばかりの声で言って、とっさに私は頭を撫でられた気がして、手のひらの温度、温かい言葉、今まであった大切にすべきこと、全て守られている実感が湧いてくる。
でも......私は彼が何歳さえも知らないのだ......
ねー
ねー
あのう
あのう
私とたくは声を合わせる。
これは偶然なのか、必然なのか、それとも神様にあらかじめ決められたのかいざ
我々がいるこの世界の中で同時に同じ言葉を口にした確率はどのくらいだろうと、私は思わず考え込んでしまう。
「あ、先に言っていいよ」と、彼の優しさに感動しながらも声を落として聞いてみた。
「あのう、たくは今年、おいくつ?」
「18歳だよ、まあ来年は大学に行くけど」
私はとっさに口を開く。閉じる。こいつの成長が早いなぁと、思わずにはいられなかった。
そして、22歳の私より4つも下じゃないだろうか!私たち、本当に合うのかな......と、アホみたいに余計な心配し始めた。
「じゃどの大学に行く予定?」
「まだ決まってないっすね」そりゃそうだよね、入学試験は来年だし。東大は目指す?私は冗談半分に訊いた。すると彼は、ふっと笑って言った。
「東大は目指してないっす。僕の成績はそれほど優れてないし」
私は口を開けて、また何か言おうとしても、いや、たくなら絶対大丈夫だよと励ましたくても、なぜか喉が詰まって、言いたい話やらかっこいいセリフやら1つたりとも出せなかった。
部屋の長方形の窓から、星のない曇り夜空を私は見上げ、嫌な光害や厚い雲に隠された星が実際きらめく輝いてるはずなのに、真っ黒な広い紙に何もなくて皆に無視されてしまうのはもったいないなと、私は強く思っていた。
* * *
青く晴れ、広く澄み渡る空から明るい日差しが降り注ぐキャンパスには、スーツ姿の人たちがだんだん集まってくる。黒のパンプス、深めのタイトスカート、清潔感のある白いシャツに黒ジャケットを着た生徒たちというか、将来有望な青年の方が思われているかもしれないけど、こんな暑い日なのになぜと思いたくなるような慎み深い格好は私には合わない。
私は自分の同じ着こなしを見て、強く握ったノートをめくりめくって、自分に言い聞かせた。
コンビニのイートインスペースに、私はスマホのホームボタンを押し、ロック画面の時計を確かめる。
「時間はまだある。」じゃ、続こう!と今回面接を受ける超大手企業のホームページを開けて、企業の経営理念や求める人材の特質や仕事内容いろいろじっくりと確実に覚えていく。
おバカだからこそ、覚えることしかできないと、私はなんとなく確信している。
面接会場は8階にある、うちの学科の教室に行われることよりラッキーなことはこれ以上なかったと思って、私は待ち合わせ教室に履歴書の文章を暗記しながらノートに書き込む。
「お待たせしました、次の方、林様」
私はコツコツ書いた手を止め、顔を上げたら目の前に立っている水色のスーツを着たカッコいい日本男子が軽く微笑んで、私を呼んでくれた。
「緊張しますか?」
「いや......えっと.......緊張しません、いや、緊張してないです。」なんだこの変な質問、本番前に緊張するのは当然だろ、と言っても準備万端なので、それほど緊張はしない。震える手でノックして、深呼吸をしたら、私は面接会場に入った。
面接会場に使うこの教室の中に、面接官3人の席や距離が遠く取られた応募者が座る椅子以外、全ての机や椅子を壁に沿ってずらりと並べて置かれたので、いつにも増して広く見えて、明るさが異常に明るく感じられる。いつもと違う教室をチラッと見て、なかなか落ち着けなくても、一応不安な気持ちを胸の奥に隠した。
「まず、自分の長所や短所を教えてください。」と、上品で麗しい面接官に優しく訊かれた。
やった!この質問、模擬面接の時たくに聞かれたことある!楽勝だ!
「私の長所は料理を作ることで、短所は優柔不断なところです。」3人の女面接官は微かな微笑で私を見る。また何かありそうと思われて待ち続ける。
「終わった?」
「はい。」私の簡潔な返答を聞いた真ん中に座っている面接官はわかりましたととろけそうなほど甘い笑顔で言いながら俯く。鉛筆を持ち上げて、履歴書に何かを書いてく。
それから簡単な質問は次々と面接官3人に順番に訊かれる、私はバカバカしくそのまま自分なりの答えを返す。たまにこの大手航空会社の公式サイトに書いてある理念を思い出して答えたりした。
「もし万が一事故が発生した時、あなたはどうしますか?」
想定外の質問が突然飛んでくる。まずい、この質問は今の私にとって深すぎて全く捉えきれないのだ。
とにかくできる限りに自分の考えを面接官に伝えること。これはたくが教えてくれたの。
「事故が発生した時、まずお客様の立場に立って、お客様の気持ちを大切にすること。安全はもとより、事故があったあのタイム、時間?......あ、タイミング、お客様に寄り添って、大丈夫ですか?怪我はありませんか?と第一時間......えっと.....」かっこよく伝えてくるはずなのに、日本語の語彙量不足のせいで、中国語を日本語の読み方で口に出してしまう。やばい、代わりに使える言葉、あの単語は一体なんなんだろう!!
散々悩んだ挙句、顔がこわばって頭が一瞬混乱しちゃう。たくさんのことを言えるはずなのに、精一杯頑張ったのに、なぜか言葉が詰まってうまく話せなくなってしまう。下に整然と流れている自動車の音、外に待っている応募者たちのボソボソ話す声、いつもより激しく打つ心臓の鼓動、それぞれ頭の中で交わり、すらすら話せることは完全に無理になった。
思ったことがうまく話せないまでも、最後まで諦めずにやり遂げることは大事だ。面接前日にたくからもらったアドバイスを思い出して、喉に詰まっても最後まで言い出さなあかん!再び顔を上げて、私は自信を持って言ってみた。
「私の意味は、最初にやるべきなのはお客様への心配だ、気遣いは何より大事だと思っています。」
「うん、いいですね、では最後自己アピールをしてください。」
「え?」やばい!自己アピールってなに?!でも弱さを示してはいけない!せめてちょっとだけ聞こうか、「あのう......自己アピールは自己紹介ですか?」
「そうです。」気品のある面接官が変わらなくうっすらと笑って返した。
今思い出したら、その時の自己PRと自己紹介の違いもわからない自分の考えはほんまに甘すぎる。自己紹介だと聞いた途端、元気を取り戻し、自信満々に何度も繰り返し記憶した自己紹介をすらすらと伝え始めた。
* * *
「ふぅ〜やっと終わったー」
「お疲れ〜面接はどうだった?」電話の向こうから聞こえてくる優しい声が午後の風に乗って、耳元に流れてくる。刹那、彼のそばにいたら自分らしく生きていけると私は強く感じ、心を一瞬落ち着かせた。なぜかわからないけど、この世の中に一番わかってくれる人は彼をおいて他にいないのだ。
「散々だったよーでもたまにたくの話を頭に浮かべて、また話せるようになった。本当に助かったよ!」
「それは良かったね!」
面接であった大変な出来事や質問、自分の答えや気持ちを全てもれなくたくに語った。やっとのことで面接でできた不安や緊張から解放されていつもの自分を取り戻し、爽やかな気分になってきた。
「じゃ結果はいつ来るの?」
「それは聞いたよ、大体1週間後かな」
「そっかー!頑張れ、応援するよ」
現時点は待つしかないのに、相変わらず元気を出せるように応援してくれた彼の声は優しい風と混じって、不意に見たことのない姿を見つけたせいで、疲れた心をほっこり温め癒されたせいで、気づけば彼のことをいつも考えたり、心配したりするほど、頭から離れない存在になってしまった。