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あの日の約束  作者: 桜井さめき
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第9話ー見捨てられた日々

 大雪が長く降り続いている。福井の街並みが大雪に覆われ、えちぜん鉄道のロビーに、乗車を待つ人たちや駅員に聞きに行く急ぎの乗客がどんどん増え、全線運転見合わせと改札口の前に置かれてある白板に駅員が書いた。

 あたりはしだいに明るくなっていき、通常どおりゆったりと走っている路面電車は誇らしげに見えて、唯我独尊のような凜とした姿で駅前の歩道を歩いている通行人とすれ違い、眼前に広がる明るすぎて真っ白なこの世界を妙に寂しく感じた僕は眩しい。


「今日はたくの誕生日だけど、」昼休みに商店街をぶらぶらする私は強い日差しを見上げる。だけど、何もできない......

 どれほど強く願っても、彼は帰らないものは帰らないと私は分かっていたけれど、身体の動きや心の働き、抜け出した魂さえも、無意識のうちに、バカバカしく願い続けている。


「誕生日、おめでとう、」こぼれそうなほど潤んだ瞳を高く遠く空に移し、精一杯強がりの涙をこらえる。この声が届くまで決して諦めない、諦めたくもない。薄絹のような雲に私は目を凝らし、無理に笑顔を作り、

「たく......。」



 時が流れ、春らしい陽気が果てのない脇道を温まり、厚く積もった雪もじわりじわりと溶け始め、冬の間に雪に覆われていた川もすっかり口を開き、清冽な空気がゆったりと流れ込んだ。台湾の南国の高く澄み渡る青空から、ほどよい日差しが差し込み、明るさは一緒だが、体感温度は去年より高くなったと、私は気づいた。


「まだ春の季節じゃないのに......」トートバッグを肩から下げ、一番前の真ん中の席ーみんな一番座りたくない席ランキング一位に、私はさりげなく座る。大2の冬休みに同校の転科試験を受け、新学期が始まった時華語教学の授業ばっかの応用華語学科からメディア芸術学科に入ってきた。色々まだ未熟だったが、教科書はほぼない、先生は出席をほとんど取らない(時折とって欲しいとひそかに思う)。斬新な発想をつかせるため、授業を受けないで旅することもよく先生たちに励まされるし、ニューススタジオや録音室も充実されている。通りでここにいる生徒たちはいつも大学生らしくにイキイキと輝いて生きているのだ。私は隣で横になったトートバッグに目をやる。その中に入れた本はいつも英語の教科書しかないから、授業以外の時間にこれでお買い物でもできるし、日帰り旅行にもぴったりだし、いつでも軽くて気楽なのだけれど、毎回彼のことを思い出したとき、いろんな楽しいことが一瞬頭に浮かん来るのに、口角も思わず上がっているのに、なぜか胸が毎回より重くなり、海を向いてストレスを発散するまで大声で叫びたくなるの?


 私は黒板を無視。顔を机に向けて、目を閉じる。絡め合った両手に額を寄せる。


 神様、


 彼は、かつて極めて幸せな日々をくれたので、忘れたくはないけれど、お願い、彼の身体、170センチの影、無邪気な笑い声、よく陽だまりでサッカーをやるので上がりがちな体温。その全てのすべて、どうか、どうか、はやく目の当たりに美しく消させてください。本当に......お願い。と、私は切に願っていた。



 3年間はあっという間に過ぎ、僕は高校から卒業した。共通テストで無事合格できて、宮崎市にある国立大学の理学部に入ってきた。ここで過ごしている先輩たちはみんな個性的で、自分なりの主張や見解も怖がらずに述べるのだ。

 僕はふと深い息を吸い、3、4年後の自分もこうなると考えるだに恐ろしいつつも想像できない将来の自分にできることを楽しみにして、満開の桜舞い散る校舎へと歩き出した。



  瞬く間に時が経つ。桜の見えんかった春が去って、あまりの暑さに溶けそうになる真夏が来た。午後の陽射しが昼よりひどく地面に射している。私はものすごく重いスーツケースを持ち上げ、バスから降りてきた。

 忙しい街に整然と流れている自動車やバイク、歩道をあっちこっち歩いてる洗練された大人メイク、夏の日差しに映える色鮮やかなコーデ、電車に乗り遅れないように速くさせる足など全ても、私は東京に当たる台北人のことを再三気づかせてくれる。


「ああ〜暑いなぁー」

 ディンッディンッ!、とメッセンジャーからの通知音がどこまでも広くて青い空に響き渡り、私はスマホをカバンから取り出す。メッセージを見るのは気が進まないけれど、アプリアイコンについてる数字を消すため、メッセージをチェックすることはいつも早いのだ。

「久しぶりだな!」

「ああああぁぁぁぁぁ!」彼だ!大学で初めて知り合った日本語学科出身の男友達ーココ。大学の時彼に片思いをしたし、好きバレもした。

 今まで5年の中、途中に連絡を途絶えたことは何度もあったけれど、連絡しに来るのもたまにある。

 ここまでいくら激しい嵐を受けて、能天気な女の子から大人になった今の私にとって、彼への未練や執着をすでに断ち切ったのだから、彼に関すること全て空の果てに消えた星のようにどうでもよくなった。今は気軽に話せる友達であるのだ。

「ていうかココは卒業したよね?」

「え?同い年じゃないの?そっちはまだ卒業してない?」

「せやね......」赤く染めた頬を陽射しに照らされ、りんごみたいに真っ赤になってしまう。彼と話し始めたらなんとなく全て気にせず打ち明けてしまうのだ。もちろん、留年することも例外じゃない。

「そっかー今留年してるか!がんばれ!」一番聞きたくない言葉だ。私は少し咳をし、強がりながらもさりげなく彼に返す。

「ココは、新しい彼女できた?」大1の時ココと1泊2日の旅をしたことある。彼から変わらぬ笑顔のまま朗らかに言った、一瞬で豁然させてくれた言葉を、今でも鮮明に覚えているー

「今の俺は独身をずいぶん楽しめてるのだ。独身者は時間の約束をしなくていいし、相手に配慮する必要もない、自分の都合で自分の好きなことをやり放題じゃん!」なんとえらい、前向きな考え方や!とその時の私は呆れたまま拍手をした。

 ディンッディンッ! 澄み透る音が再び鳴り出した。スーツケースを引きながらメッセンジャを開け、興味ないふりして実は気になる返事を私は見る。そしてあまりの驚きに言葉が出なくなり、スーツケースを引くのをやめて、強い太陽の下、私は立ち止まった。

「できたよ。」

「へえ?!?!どのくらい?」

「最近付き合ったの。3ヶ月ぐらいかなー」知った瞬間、私は息を深くため、鼻の奥がツーンと痛む。

 この痛みを私は持って、礼儀正しくおめでとうと書き、幸せを存分味わっているそうな彼に祝いを送った。

「ありがとう〜」かなり嬉しそうな顔を彼はし、眼前の景色は霧のように輪郭があいまいになってきて、視界がぼやけた私に訊く。

「じゃゆりは?彼氏できた?」

 突然そう聞かれた私はハッと我に返る。ふいに見上げたら、ぼんやりとした空が抜けるような青さに澄み切り、都心に何本も集まっていたビル、立ち並ぶようにいくつかサイズの異なる屋外看板、整然と流れている自動車やバイク、周りの景色は果てまでハッキリしてきたところで、胸がぎゅっと締め付けられたような痛みをわけもなく感じてしまい、何らかの絆で心がもやもやするのだ。

「まだだね」と私は思わず返した。が、その一瞬の間に、誰かが与えてくれたぬくもりを、そっと包み込まれるような心地よい温かさで、心の奥をしみじみと感じさせた。

「大丈夫だよ!いつかきっとできるからな」とたっぷりの幸せを噛みしめるココ。

 私は思わず首を横に振る。瞬息の間に何か大切な証である指輪を落としたような、ものすごく悲しくて悔しい感情が胸の奥から湧き上がる。確かに、大切な人誰かが、間違いなく、()()()いた。  

 

やっぱり忘れられないのだ、どうしても。


 晴れない気分を持ったまま、私はそう思いつつ実家に帰った。

 見慣れた街灯りは寂しげな商店街の裏に揺らめく。上弦の月が真っ暗な夜空に沈黙のままうっすらとした霧や糸のような絹雲に囲まれながら、空の端っこに消えていく。

 それはたくやろ?ふふっそうだよね。 何もなくなった夜空から視線を下ろした私はどれほど冷たいこの世へふと冷笑し、だるくなった足やスーツケースを家まで引きずっていた。


「みなさん!こんにちは!桜井雨希でーす!きょうーはー」

 かつて元気一杯でリスナーさんに挨拶した自分の動画を振り返る。先ほど新しいコメントの通知が来た。変なやつだなぁ、誰がずっと前の古い動画の下でコメントするのかよ!

 ツッコミをせずにはいられなく、やることは天才すぎて凡人とは全く違うと私は思いながら、動画の下にカーソルを移した。外国人画像、はあ......やっぱこの人だ。え?......この人だ!信じられないほど驚いた私はパソコンを向いて唖然した。


「お久しぶり、翼です。たくは帰ってきたよ、君と話したいと言ったって」


 いやありえない!信じらんない!そういういたずらはやめてよ!と私は思ったところで、キーボードを人生今まで一番速いスピードで叩き始めた。

「彼は今どこいるの?」

「あのアプリに戻ったそうだよ?行ってみ?」

 半信半疑な気持ちを持ちつつ、彼が離れて以来ずっと触らなかったチャットアプリを開けて、検索エンジンの中で「たく」と入力する。


なんでやねん...... 顔を俯いてスマホの画面に映った『検索結果』を見た私は眼前の景色に驚いた。自分の瞳のみならず、睨みつけられたスマホさえも頼れなくなった。私は目を見張って、口をポカンと開けたまま指で止まらなく下に滑らせ続ける。


「まじか......『たく』は15000人でもいるかいーー!」




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