01話.[私は親友として]
とてもいい夢を見ていた。
なんでも買ってもらえるようなそんな夢。
歩けば格好いい男の子から声をかけられる。
同性からは羨ましいと言われ続ける時間。
「千晴、起きなさい」
後もう少しで1番欲しかった物を手に入れられるというタイミングでだった。
目を開けると、目の前には黒髪ロングの女の子がいた。
「はぁ、もうちょっと後でもいいでしょー」
「え、起こさない方が良かったかしら……」
「あ、違う違う、夢の中の自分に言っているだけ」
この子は友達の荘司芽衣ちゃん。
中学1年生からの仲だからそこそこ時間も長く、そして仲もいいと思う。
あとこの子は常にいい匂いがするけど、お高いシャンプーなどを利用しているのだろうか?
「起こしてくれてありがとう」
「ええ、そろそろ帰りましょう」
もう18時を過ぎているのに待ってくれているとか天使か?
好きになってしまったのでそう言って抱きしめてみた。
「そんなに必死にならなくても離れたりはしないわ」
「そっか」
体を離して歩きだす。
彼女の少し後ろを歩くのが好きだった。
遠慮しているとかではなく、ここだと自然にいい匂いが漂ってくるから。
「来週の月曜日に転校生が来るみたいね」
「へえ、派手過ぎなければいいけど」
「どうでしょうね、10月に転校してくるということは訳ありだもの」
まずありそうなのが両親の事情に巻き込まれたというパターンか。
父が転勤するから一家で~みたいな可能性が高そうだ。
それかもしくは娘(息子)が問題児でその土地にいられなくなったパターン。
できればこちらでないことをいまから願っておこう。
「どんな人でも対応しなければならないのが芽衣ちゃんだけど」
「学級委員だもの、色々と任されるでしょうね」
そして相手がどんな人間だろうとしっかり対応できるのが彼女だった。
だから彼女が少しでも苦労しなくて済むようにやっぱり願っておくだけ。
「困ったら千晴にも頼むかもしれないわ」
「いいよ、なにができるというわけじゃないけど」
「ふふ、いてくれるだけで大丈夫よ」
彼女が大丈夫と言えば問題はない。
けれどいつでも支えられるように意識しておきたいと思う。
彼女とは途中で別れて帰路に就く。
「にゃ~」
「よしよし」
芽衣ちゃんと知り合ったぐらいからよく来るようになった猫が今日も家の外にいた。
餌はないから適当に野生の猫じゃらしを引っこ抜いて意識を引いておく。
ある程度のところで満足したら頭を撫でてから家の中に入った。
頼むからこれぐらい可愛い子だったらいいなと3度目のお願いをしておいた。
「初めまして、大杉盟です」
漢字は違うけど芽衣ちゃんと同じ名前。
先生もそのことでテンションを上げて、何故かそのままあの子の隣にしてしまった。
全面的に任せるようだ、もうちょっとぐらい担任としてなにかしてほしいけど。
1時間目前の休み時間になったら大杉さんの周りに人が集まる。
基本的になんでこんな時期にという質問が多かったものの、大杉さんは態度を変えたりはせずに普通に対応をしているだけだった。
そんな感じでも時間が経てば段々と落ち着いてくるというもの、あくまで普通のクラスって感じの雰囲気が戻ってきて。
「校内を案内するわ」
「ありがとうございます」
芽衣ちゃんも学級委員みたいな仕事をこなしていく。
……そのせいで一緒にご飯を食べられなかったけどしょうがない。
「優しいんですね」
「いえ、これぐらいは当然よ」
戻ってきたら仲良し度が上がっていた。
芽衣ちゃんはコミュニケーション能力が高いというのが大きいかも。
とにかく、私は大杉さんが派手すぎない人で安心できた。
「千晴」
「お疲れさま」
特に無理していたようにも感じられない。
隠しているだけかもしれないが、現段階では問題児ではないみたいだ。
「あ、今日の放課後は街を案内するつもりだからひとりで帰って」
「わかった、そのときは気をつけてね」
「ありがとう、あなたもね」
なっ……いやでもしょうがないしょうがない。
大杉さんだって色々なことを知りたいだろうから我慢しなければ。
でも、このまま彼女が離れていってしまうようにしか考えられないなと。
「千晴? そんな顔をしてどうしたの?」
「芽衣ちゃんといられないと寂しいよー」
「離れたりはしないわ」
結局はただの口約束だから怖いんだ。
……マイナスな方向に考えていると実際にそうなるからやめよう。
彼女は確かにこれまで一緒にいてくれた、疑うのは最低だろう。
大丈夫、大杉さんだって友達を作って彼女とばかりいることはなくなるはず。
願望と言われたらそれまで、けど細かいことはどうでもいい。
「それなら明後日の日曜日、アイスを食べに行こうよ」
「ふふ、わかったわ」
敢えて日曜日にしたのは土曜日に急用ができて行けないというのを避けるため。
今日案内したりすると大杉さんが彼女を誘うという可能性が高いからだ。
もし気に入ってしまった場合は一緒にいようとするものだから。
彼女が求められるのはとても嬉しい、自分のことじゃないのに喜べる。
だからこそそうなった場合には、気持ちがわかってしまうからこそ難しかった。
「もう、しっかりする!」
「今日は土曜日だから休息日なの」
お昼頃まで寝ても誰にも怒ら――れたけど、土曜日はいつもこんな感じだ。
ゲーム機とかがないからしょうがない、寝ることが最高の癒やしだし。
「まったく、これならまだ遊びに行ってくれた方がいいよ」
「残念ながら相手がいないんだよ、あ、明日は行くけど」
「それって芽衣ちゃん?」
「そうだよ」
もしそれが無理になっても寝て過ごせばいい。
社会人になったら寝られることがより幸せになるだろうからいまから予行演習だ。
「適当な娘の相手をしてくれてありがとうって言わなくちゃ」
「て、適当な娘って……」
誰にも迷惑をかけていないんだからいいやろがい!
お金だって無駄遣いをしないいい娘だ、しかも最低限の常識もある。
勉強及び運動能力が優れているというわけではないものの、平均的にはできるのだから。
だからこれまでで悪い点数や成績なんて取ったことがない。
担当してもらった先生たちにもいいことしか成績表に書かれたことがない。
「そろそろ芽衣ちゃん以外にも友達を作ったら? 芽衣ちゃんがいつまでもいてくれるとは限らないんだから」
「確かにお母さんの言う通りだよ」
いくらマイナス思考をしないようにしても生きていれば現実を突きつけられる。
あのままだと恐らく大杉さんは芽衣ちゃんと仲良くしようとする。
まず間違いなく拒めるタイプの人間ではないから受け入れることだろう。
一緒に過ごしていく中でゆっくりと深まっていく仲。
そうしたらいつしか友達以上の距離になってふたりは!
それを傍から見ていることしかできない敗北者の私、と、なりかねない。
「でも、芽衣ちゃんを取られないようにしないとね」
「矛盾してない?」
「あくまで友達を作って余裕を見せつつ、という感じだね」
なるほど、ある程度の余裕がなければならないということか。
現時点では焦ったりもしていないから現状維持ができているかもしれないが、この先必ずそうしていられなくなるときがくるかもしれないと。
よし、たまにはこちらからも動いてみよう。
大丈夫、コミュニケーション能力には自信があるから。
それにみんなもいい子たちだからきっと受け入れてくれるさと楽観視していた――のだが。
「あ、ああ、あのっ」
「ど、どうしたの?」
ただ話しかけるだけでこれだった。
なるほど、私は芽衣ちゃんがいたからできていただけだったらしい。
「とりあえず落ち着こうっ」
「あ、ふぅ、うん、ありがとう」
「それでどうしたの? 古橋さんが荘司さんといないの珍しいけど」
そう、古橋千晴が芽衣ちゃんといないなんてありえない。
けれどね、少しは依存しないときがなくてはならないんだ!
「私と友達になってください!」
「わあ!? 耳があ!?」
「あ、ご、ごめん!」
話しかけさせてもらったのは出席番号1番の青木望さん。
何故彼女を選んだのかは簡単、彼女がいい人だってわかっているから。
放課後、頼まれていないのに教室の掃除をしているところを見たことがある。
相手が困っていそうでなくても積極的に手伝ってしまうお人好し精神。
なかなかできることじゃない、この教室で2番目にいい人だと思っている。
「え、えっと、友達になってほしいの?」
「うん、そうなんだよっ」
「わ、私でいいならいいけど」
「ありがとう! さっすが青木さんだね!」
手を握ってぶんぶんと振らせてもらった。
あ、ちなみに日曜日は結局行けなかった。
どういう偶然か大杉さんに誘われてそちらを優先された形になる。
私はそのときわかってしまった、教室で言ったばっかりに被されたのだと。
もう芽衣ちゃんに近づく女が誰であっても許せないのだ。
「あ、あの、手……」
「あ、とにかくありがとね」
「いえいえ、別に友達になるぐらいなんてことはないから」
へったくそだったとはいえ席に座ったら達成感しかなかったよ。
高校生活中に初めて自分から友達になってくださいと言ったから満足感もある。
これで大杉さんに取られても心配ない、おおぅ、これまでありがとうよ芽衣ちゃん。
「え、古橋さんの家に猫が来てくれるの?」
「うん、毎日玄関前にね」
「見たいな、今日行ってもいい?」
「いいよ、会えるかどうかはわからないけど」
放課後、そういう話の流れになった。
なんか友達みたいなやり取りができている気がする。
「ここ?」
「そうだよ、ここが私の家」
「そんなに離れてはいないんだね」
さて、あの子が今日来てくれるのかどうか。
「にゃ~」
「あ、この子っ?」
「うん、そうだよ」
知らないはずである青木さん相手でも怯えたりはしていなかった。
それどころか頭でアタックを繰り返している。
彼女も頭を撫でたり背中を撫でたりして嬉しそうにしていた。
「いいなあ、私の家はペット飼うの禁止だからさ」
「実は私の家もそうだよ、だからなんで来てくれているのかもわからないんだよね」
餌だって1度もあげたことがないのになんでだろう。
そういうフェロモンが出ているのだろうか?
この子は男の子だから私の魅力に気づきまくり、的な?
「あ、どこかに行くの? 触らせてくれてありがとねー」
「にゃ~」
名前をつけるなんて無責任なこともしていない。
やっぱり私の撫で方がテクニシャンすぎたか……。
「古橋さん」
「うん?」
やだ、なんか凄く真剣な顔で見られている。
同性も惹きつけてしまう魅力があったのか……。
「私のことは望って呼び捨てでいいよ」
「え、じゃあ私のことも千晴って呼び捨てでいいよ」
「うん、よろしくね、千晴」
「よ、よろしく、望」
なんかいいなあこういうの。
真剣な顔で見られてからだから実は緊張してたけど。
あんまり面白みのない人間だから「友達やめよう」とか言われるかと。
「友達になってあげたので送ってください」
「ははっ、送らさせていただきます」
こういう冗談を言い合えるのも友達って感じ。
「あ、荘司さんだ」
あ、どうやら単身で行動しているみたい。
てっきり大杉さんがべったりとしているように考えていたから驚いた。
「荘司さーん!」
なんかこれだと裏切ったみたいで居づらいぞ……。
なんだろうなこの感じ、別に裏切ったつもりはないんだけど。
「珍しい組み合わせね」
「友達になったんだよ」
そう、ただ友達になってほしいと頼んで呑んでくれただけ。
「それは千晴から?」
「うん、友達になってください! って頼まれて」
「へえ」
うっ、なんか視線が痛い。
で、でも、大杉さんとばかり行動しているのは彼女だし!
だからしょうがない、こうでもしていないと寂しいから。
「そういえばどこに行くところだったの?」
「送ってもらっていたんだ」
「それなら私も行くわ」
「それはいいけど」
幸い、彼女の家にはすぐに着いた。
いや、逆効果だった? 近すぎるからこそ怖いこともあると。
「送ってくれてありがとね、千晴、荘司さん」
「お礼を言われるようなことはしていないわ」
「そ、そうだよ、それじゃあね」
荘司さんとふたりきりになるのがいまはとにかく怖い。
けれど日曜日の約束を破ったのは彼女の方だし……。
「そういえば大杉さんがあなたと話したいと言っていたわよ」
「ぐっ……、こ、ここできたか……」
「うん? どういうこと?」
「え、もしかして芽衣ちゃん気づいてないの?」
おいおい、いいのかねこんなので。
絶対に私の前でだけ怖い顔と声音になるに決まっているじゃん。
容易に想像できてしまう腹黒大杉さん。
「め、芽衣ちゃんっ」
「きゃっ、もうなによ……」
これが人生で最後の包容になるかもしれない。
それと単純に彼女がどこか遠い存在になってしまうようで嫌だったから。
「殺されそうになったら助けてね」
「大杉さんをなんだと思っているのよ……」
敬語キャラほど素がわかったときに怖いことはない。
私の前でだけ見せてくれる一面だから喜べ? 無理無理無理。
ああ、このままずっと芽衣ちゃんを抱きしめていたい。
なにもかもが柔らかく暖かいから魅力的だし。
「離れなさい、歩けないじゃない」
「やだー」
「ふふ、それなら家に連れ帰ろうかしら」
「いいよー」
なるべくこうして時間を稼いでおかないと。
そのためになら脱ぐことだってできる。
ま、本人がそんなことを望まないんだけども。
「ああ、芽衣ちゃんの部屋は落ち着くなあ」
「そう? 特になにもないけれど」
「いやいや、謙遜しなさんな」
ああ、このままここの住人になりたい。
だからってそんなわがまま言えないんだけど。
何故なら彼女は前に進もうとしているからだ。
「芽衣ちゃん、私はあなたのことを絶対に忘れないからっ」
「さっきからなんの話よ」
「いやいいんだ、芽衣ちゃんには自由に学校生活を楽しんでほしい」
幸い望がいてくれるからひとりにはならない。
だから私は親友として見守っておくことにしよう。