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 とにかく勇者はあきらめてもらえた。それだけでほっとする。来た道を引き返しながら、時折すれ違う旅装姿の人たちが、本当に観光客など理都は知った。そして広場にあるのは完全にお土産屋なのだ。

「あああ、勇者がだめなら次は賢者か」

 隣を歩くダリアが残念そうに呻く。

「そんなに勇者じゃなきゃダメなんですか?」

「そりゃな、勇者は派手だろう? いい客引きになるではないか」

 おい、勇者をホストのナンバーワンイケメンと勘違いしてるんじゃないだろうな?

「それで。まだどこか行くんですか?」

「うむ、近くに賢者の杖というものがあってな。そこでリトに賢者の適性があるかどうか調べる」

「賢者って、基本どんなことをするんですか?」

「いや、実は私もよく知らんのだ」

 彼女は小首をかしげるように言った。

 知らないくせに賢者の適性調べようとしてたのか? 俺に対して無茶ぶり過ぎない?

「隣の隣の国でな、賢者が召喚されて皇太子にすばらしい助言をしたとかで国が大いに栄えたらしい。」

 理都は少し考えた。

「つまり頭のいい人のことをいうんですかね?」

 皇太子になんの助言をしたかはわからないが、国を栄えさせるために必要なのは、善政だろう。日本でも、大学の教授連中を賢者と呼んだりもする。彼らも飛びぬけた才能を持って、それぞれの専門職で輝かしい栄光や名声を得ている。

 たまに、そんな人たちに政治家が助言を請うたりしているとニュースで見かけたことがあった。

 しかし、理都は自分がそんな頭のいい人間ではないと自覚している。

「いや、無理でしょ」

 理都はすぐ否定した。

「俺、頭良くないですよ。国政にかかわるとか絶対無理ですからね! 通ってる大学も三流寄りの二流だし、文学部だし。せめて理数系とか政治学部とかならよかったですけど」

「ん? 別におまえに我が国の政治問題にかかわれとは言うておらん。それは王女たる私の仕事だ。おまえの仕事は外貨を稼ぐことだ」

 いや、それも十分国政にかかわりあることじゃないのかと、疑問に思う。ダリアはさらに続けた。

「それでな、その賢者の銅像が、王都の中央広場に飾られているそうだ。その国では毎年、その賢者の功績をたたえた大きなお祭りが開かれているという」

 つまり、その賢者をたたえる祭りが観光業に貢献しているということか。

「おまえが立派な賢者になれば、我がユーフレシアの王都の中央広場に銅像を建てて、祭りを開くのだ。観光客がどっと増えれば、金もがっぽがっぽと我が国に落としていくだろう?」

 にんまりとダリアが笑う。そんな都合よくいくだろうか? そもそも王都とダリアは言ったが、つまりは城下町ということだろう? 先ほど馬車で走った感じで半径数百メートルにも満たない小さな町の中央に銅像を建てたところで、そこで開かれる祭りなど、日本でいうところの小さな市町村で開かれる祭りの規模と大差ない気がした。

 内輪で楽しんで終わりというのがせいぜいである。

 そもそも、賢者というだけでなぜ客が集まるというのか?その発想はどこから来るのか? かろうじて勇者はわかる。ドラゴンと戦わせようとしたことも理解できた。ドラゴンと戦って勝ってば確かに勇者と名乗れるような気がしないでもない。

 ------もっとも草食のドラゴンと戦うってどうなんだろう。

 先ほどからダリアの考えることには疑問しか浮かばない理都だった。



 次に向かったのはこれまた小さな町、というより村だった。先ほどのハンスドラゴン観光所------あそこはそう呼ばれているそうだ------から寄合馬車で、ごとごとと揺れること三十分ほどだろうか。

 王女様が寄合馬車に乗るというのも驚いたが、その金を払ったのが理都である。宰相殿から渡された賄賂から支払った。彼女はお金を持っていなかった。王女様だからなのかと思ったが、

「こづかい制だ。今月分は使い切ってしまったのでな」

 それを聞かされて、なんでお姫様がこんなに外貨外貨、観光業観光業というのか分かった気がした。確かに財政は苦しそうだ。

「財務大臣が、渡せば渡すだけわたしが使うからと、こづかい制にしたのだ。ひどいだろう? 確かに買い食いは好きだが、いうほど使ってないのだぞ。しかも、前借も許してくれぬ」

 ぶすりと頬を膨らませる。

 完全に彼女が悪いだけだった。どんな金の使い方してるんだ? 

 村の入り口の木板にノース村と書いてある。

 ちなみに言い忘れていたが、言語はこの国に召喚された時にダリアがすべて知識として勝手に脳内にぶち込んでおいてくれたらしい。

 後で知ってびっくりした。良いことをしてやった風に薄っぺらな胸をそらせていたが、勝手に人の脳をいじるって、どういう神経しているのだろうか? 完全にマッドサイエンスとのそれだろう。

 村はそれなりに賑わっていた。ヨーロッパで見かけそうな、石造りの家が並び、窓辺には花が飾られ、向かいの家から通した紐に洗濯物が吊るされている。

 庭先には果樹が並び、ぽつぽつと商店が並んでいる。人の行きかう数は多くはないが、中には旅装姿の人もちらほら混じっていた。

「この村の外れにあるんだ」

 ダリアは言って歩き出した。それについていきながら理都は逆に楽しくなって、辺りをきょろきょろと見回す。本当にヨーロッパの小さな片田舎のようだ。ただで外国旅行をさせてもらっている気分になった。

 お姫様の言うことは本当に無茶苦茶だが、きちんと元の場所に、同じ時間で戻してくれるというなら、これはまるで旅行のようなものではないかという気がしてくる。通り過ぎる人々の髪や目の色は、黒髪黒目しかいない日本人とは違って、金髪や茶髪、赤毛や、中にはグレーもいる。目の色もそれぞれ違う。一度は誰もが憧れるヨーロッパ旅行。雰囲気だけならばっちりだ。

 気分の高揚が足取りにも出る。前もって聞いた話によると今度は命がけになるような試練ではないらしいし、理都は完全に観光客気分だった。

 それを、見るまでは。

 それは大きな岩だった。見上げるほど大きく、両腕でも抱え込めぬほど大きく、とにかく大きい。ドラゴンのハンスより大きい。巨石と言っていい。その巨石のてっぺんに、なぜか木製の杖が突き刺さっていた。

 巨石の周りは、お馴染みのように鉄柵が囲まれ、ちょっとした広場のようになっている。周りには賢者のお茶という上り旗が立ち、杖を模したキーホルダーが売られている。どこかで見た光景だ。

 鉄柵には木製で『賢者の杖』と書かれていた。さらには、そこに『この杖を抜いたものは賢者の証として国から賞金百万ゼニーの報奨金が支払われる』とも付け足されていた。

 巨石には梯子のようなものがかけられている。その梯子の横に、小さな受付小屋があった。

「挑戦一回に、千二百ゼニー」

 受けつけに書かれていた文字を読んでから、理都はダリアに振り返った。

「高くないですか?」

 ちなみに脳内にはこの世界の一般知識や常識もぶち込まれている。乗合馬車の一人あたりの値段が三百ゼニーだったことから、日本のバスや電車とそう変わりがない価格になる。

 となると杖を引っこ抜くために千二百ゼニーは高すぎやしないか? さらに言えば、引っこ抜いて賢者となってもらえる報奨金が百万ゼニーって少なすぎやしないか?

 完全に、失敗したテーマパークの催しもののようだ。

 しかし、ダリアは可愛らしく首を傾げた。

「そうか、妥当な値段だと思うがな。賢者など、なりたくてそうなれる職業ではないぞ。昨今では異世界人しかなり手がおらぬような希少職だ。その上賢者になれば国家公務員も夢ではない。安定した職、給料、福利厚生、官庁舎までついてくる」

 夢も希望もない現実的すぎる話に、賢者になるメリットが逆に少なすぎて目まいがしそうだった。頭の良さ関係ないじゃん。杖引っこ抜いただけで国家公務員、まじめに働いてる人間バカにしてるのか? と喉まで出かかった文句を飲み込む。

 理都は杖を見上げた。

「とにかく金を払って、杖を引っこ抜いてみろ。わたしもついていくから」

「挑戦料は払わないといけないんですね」

「当たり前だろう、そこは異世界人だからと特別視しないぞ」

 別に払うことは構わないが、この国の宰相がくれたお金を、この国に支払うだけということで、ある意味儲けはまったく出ていないことに、気づいているのだろうか?

 受付で挑戦者は一人だけだということで千二百ゼニー払う。窓口にいたふくよかそうなおばさんが、ダリアをみて一瞬不思議そうな顔をしていたのが少し気になったが、そのダリアにぐいぐいと背中を押されて岩の上に登る。

 てっぺんは人がゆうに十人は立てるほど広く足場も安定していた。その中央に、どういうわけか木製の杖が突き刺さっている。理都は近付いてしげしげと杖を見た。

 映画や漫画でよく見かけるような杖である。細い木同士が捩じりあって一本の太い木になり、持ち手はアルファベットのJの字を逆さにしたような形をしている。いかにも魔法使いの杖をという感じで、賢者感は逆にない。その杖が刺さっている根元の岩には、亀裂一つなく、まるでそこから生えたように杖が伸びているのだ。理都は思わずかがみこんで岩を叩いてみた。硬い。たまにニュースでがんばり大根という、アスファルトの隙間から生えだした野菜の類を見かけるが、岩にはそんな隙間は一切なかった。岩に継ぎ目もない。本当にまったくの真っ平らな場所に突如、杖が突き刺さっているのだ。

 これは本当に不思議だった。ある意味ドラゴンより不思議だった。いかにも異世界らしい。

「では、抜くがいい、リトよ」

 恭しくダリアが言う。理都はそっと杖に手を伸ばし、持ち手の部分を握った。最初はそっと手を動かした。

 杖は緩く動いた。

「え?」

 思わず声が出る。簡単に引き抜ける。そう思うほど杖は左右に大きく揺れた。切れ目のない岩肌の中で杖の先端部分が動いているのだ。この摩訶不思議な現象こそ異世界だ。

 理都は今度は腕に力を込めて、引っこ抜こうとした。しかし、なぜか故は上下には動かなかった。

「は?」

 また声が出た。左右には揺れる。しかし、上下には動かない。

「んんんんっ!」

 両足を踏ん張って、後ろに倒れても構わないぐらいの力で杖を引っ張った。

 -------しかし杖は抜けなかった。

「・・・・・無理ですね。抜けません」

 あさっさり諦めて理都はダリアに顔を向けた。これ以上やると手の皮がむける。彼女は難しい顔をしていた。

「本当に無理なのか?」

「無理ですね、なんでか左右には揺れるんですけどね、上には引っこ抜けません。ちなみに下に押しても杖は沈みませんね」

 何度か杖を色々な方向に動かしてみたが、上下だけはダメだった。自分では到底引き抜けない。

「しかし、賢者の杖だからこそ、簡単に抜けぬようになっているのだろう。もう少し頑張ってみてはどうだ?」

「無理して抜いたからって、それが賢者の適性になりますかね?」

 理都が渋ると、ますますダリアが難しい顔をした。顎をさすりながら、巨石の上で杖をぐるぐると回りながら見回す。

 その姿を見て、理都はふと気づいた。

「この賢者の杖いつからあるんですか? 経緯とかわからないんですか? それがわかれば引き抜ける人物をさがしだせるんじゃないですか?」

 町の人に話を聞いてみてはどうだろうか、と理都が申し出ると、「いや」とダリアが首を振った。

「いきさつはとうにわかっているのだ」

 さすが王女、国のことをよく知っているのだなと感心する。

「半年ほど前にわたしは、この巨石を運んできて杖を突きたてて、観光業の目玉の一つにすることを思いついたんだ」

「はい?」

「賢者伝説ははかなかロマンがあるだろう? しかも、もし杖が抜ければ百万ゼニーだぞ、旅行者なら絶対に試してみたい代物ではないか!」

「・・・・・・」

「そもそもこの国ではめぼしい観光施設が少なくてな、それで隣の隣の国の賢者伝説を思い出したのだ。しかし、これがな、中々うまくゆかぬ。そもそも我が国に観光客があまり立ち寄らぬのでな。宣伝にならぬのだ。報奨金もかけてみたがそれでもうまくゆかぬ。なら実際に引き抜いたものが出れば、どうだろうと考えて、これが異世界人ならさらに宣伝になるだろうと、わたしは思いついたのだ!」

「それで俺に杖を抜かせようと?」

「そうだ!」

 ダリアが薄い胸を張る。理都は頭が痛くなってきた。

「だから、リト、あきらめずもう一度引き抜いてみろ? 今度は引き抜けるかもしれない!」

 ダリアが力いっぱい拳を作り、上下に振る。

「お姫様のお話だと、ここは半年までなにもない場所だったってことですよね? 誰がこんなくそデカくて重そうな岩を運んで来たんですか?」

「わたしだ! わたしの魔術なら簡単なことだ!」

 そういえばこのお姫様は魔術師の端くれだと自分で名乗っていたなと、思い出す。この国の結界を一人でまかなっているとかどうとか・・・・・。

「その岩に杖を突きさしたのは?」

「わたしだ!」

 鼻息荒く彼女は言った。

「ずいぶんと綺麗に刺さってましたね。しかも、小手先が効いてますよね。先端だけグラグラ動くって、だれもが一度は引き抜けそうだと期待させるに十分ですよね」

「そうだろうそうだろう」

 腰に両手を当ててふんぞり返りながら、ダリアは笑った。

「この微妙な揺れ具合で、観光客がまた試してみたくなって金を払うのだ。良い案だろう?」

 理都は思わずグーで殴りたくなった。

「でも、どうみても抜けないようになってますよね、あれ?」

「当然だろう、万が一にも抜かれてみろ、国庫から百万ゼニーも持っていかれるのだぞ! そんなことさせてたまるか」

「矛盾してませんか!!」

 思わず理都は叫んだ。

「抜かせる気ないですよね? てか、もし抜けたとしても、それで賢者になる証拠も確証も一切ないですよね。ただたんに、魔術でお姫様に勝てたら抜けるだけですよね! それ賢者っていいますか? もうそれはただの魔術師ですよ!!」

 理都に怒鳴られ、ダリアがきょとんとした。

「ってか、もはやこの杖を抜く理由も異世界人である必要性も、なんにも感じないんですけど? 俺は一体なんの茶番に付き合わされてるんですか?」

 さすがに怒りがこみあげてくる。一国の王女だろうが、言う時は言わせてもらうぞと理都は思う。今になってみれば、城を出るときの宰相の疲れた顔が浮かび、このことだったのかと思い至った。

 つまり、茶番である。王女様の茶番。

 だが、ダリアも眉を吊り上げた。

「茶番ではない! 立派な観光業だ!」

 それを言われてはおしまいである。

 つまりは、それに収束する。ダリアはただただ観光業で外貨を稼ぎたい。いっそすがすがしいまでに正論ではあるが、やることは微妙に卑怯臭いのだ。

 理都はまた宰相グエンの疲れた顔が頭に浮かんだ。とにかく何度も浮かんだ。浮かびすぎて、自分も似たような顔になっているのではないかと思うほどだった。

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