表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主任さんは早く帰りたい  作者: ユキノ
5/38

接遇力を向上せよ

医療法人 聖徳会


会議室の扉を開ける。今日は医療法人の接遇委員会だ。顧客満足度の向上のため、定期的に委員会が開催される。委員は2年が任期で、半年前から私に順番が回ってきた。


定刻より早く来すぎたかとも思ったが先客が2人いた。お疲れ様です。と声をかけ、私は空いている席につき、ノートを広げる。お疲れ様、と応じた2人も、会議の準備を整えて手持ち無沙汰そうだった。


「はあ…こないだの院内会議で、うちの売り上げが下がってるって主任がだいぶ絞られたみたい。どこも大変よね〜」


訪問看護の奥田さんが声をかけてくる。普段は爽やかな表情が、今日はどこか憂鬱そうだ。


「それは…うちも似たようなものですね。なかなか新規の依頼来ませんし」


法人の居宅介護支援事業所に所属する私にとっても、売り上げの件は気がかりだな。


ケアマネは月々の給付管理を行って介護報酬をもらっているが、担当している利用者が1ヶ月まるまる入院してしまったら、その月は介護報酬がもらえない。特別養護老人ホームなどに入所されると、施設ケアマネにバトンタッチで受け持ち件数が減ってしまう。


それを上回るペースで新規ケースを獲得しないといけないが、最近は低迷している。


「松原さんでもさ〜、最近ケアマネさん達売り上げ伸びてるって聞くよ?調子いいんじゃないの?うちへの紹介はさっぱりだけどさ」


「はあ…?」


突然口を開いた小阪主任に、私は思わず首を傾げてしまった。この人は何を言い出すんだか。


自分でも恥ずかしいことだが、私は自分の部署の売り上げを正確に把握しちゃいない。だがおおよその件数は把握している。この件数では売り上げとしては正直厳しい。小阪主任の言うように調子がいいなんてことはまずないな。


さりとて「いや、売り上げは伸びてませんよ」と自信を持って言えるものではない。院内会議に参加している小阪主任は、うちの部署の売り上げを聞いているはずだ。ひょっとしたら本当のことを言っているのかもしれないけど…


「うーん…。退院退所加算とかをいっぱいとったり、介護度が3以上になる方が増えたので、単価は上がったのかもしれませんねえ。でも件数はさっぱりですよ。なのでなかなか紹介もできずで、申し訳ないです」


売り上げが伸びているはずだという小阪主任の言葉を真っ向から否定はせず、適当に答える。この人の本音は「もっと利用者を紹介しろ!」ってところだろう。


売り上げ云々の話は正直怪しい。この人は、事実でないことを話すことがままある。「利用者が増えてるんだろう?なのにうちには紹介しないのか」と、ハッタリで罪悪感を人に持たせて、相手の行動を操ろうとする…。そういう傾向があるのではないかと私は薄々思っていた。


「でもね〜、同じ法人じゃん?系列の居宅なのに紹介が少ないってどうよ?」


しつこく小阪主任が食い下がる。私は辟易していた。ケアマネは公正中立だし、同じ法人だからと露骨な誘導もできるわけがない。あくまでも利用者のニーズを充足できる事業所を紹介しなければ。だいたい、売り上げが伸びない責任をこちらに押し付けるような態度こそどうなんだ。


「いえ、ホント力不足で申し訳ないです」


小阪主任に目を合わせずに答える。


「ウチも営業に力入れてんだけどさあ。同じ法人で協力してくれないと困るわけよ。わかる?」


どうやらこっちが下手に出るとどこまでも付け上がってくるようだな。真面目に相手をしても仕方がない。


「今はデイサービスがたくさんありますもんね…。競争が激しくて主任さんも大変ですよね」


どこのデイサービスも努力をしているのだ。介護保険法の枠組みの中で、経営努力を続けていかなければたち行かなくなってしまう。高齢化と言っても甘い業界ではない。


「うちとしても協力したいですけど厳しいところで…。主任さんも営業をたくさんされてるんでしょうけどね。それで利用者が増えないならしょうがないですよ。営業頑張ってらっしゃるんですけどね。しょうがないしょうがない」


先程からの小阪主任の言葉に苛立って、つい挑発的な言い方になってしまった。隣をみれば私達のやり取りを奥田さんがハラハラした顔で見ている。小阪主任の営業ってインスタの更新とかじゃないですか、とかは奥田さんの手前言わないようにしておくか。


小阪主任の顔もずいぶん険しくなっている。嫌な気分になっているんだろうが、それは私も同じだからな。だからこの人とは関わり合いになりたくないのだ。


小阪主任が何か言おうとした瞬間、会議室の扉が開いた。


「遅れてゴメンね、始めようか」


宮本課長と、外来看護師の深田さんが入ってきた。


いいところで止めてくれて助かった。安堵した私は委員会に臨むのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ