8.魔剣伝説
「で、お姫様は俺に何か用かい?」
イシェルがペトラの前にも特に敬意を示すこはない。そんな彼に隣のメードさんが不満そうな表情を表した。
「どうぞお座りな、イシェル卿。アルランテの紅茶でもお召しながら話しましょう。」
不満ながらもメードさんはきちんとイシェルに紅茶を淹れた。
「おお、いい匂いじゃないか、紅茶!なんならデザートもほしいな。」
「そうね、ティア。」
メードさんが頷いて、パンケーキを用意してきた。イシェルも遠慮なくおいしそうに食べ始めた。
「イシェル卿は近頃甘味がお好みという噂が本当でしたわね。」
イシェルはだるい雰囲気を抜け、生き生きとなった。
「まー、没落貴族だる身で、一日中好きなだけ好きなものが食べられないから、醜態を晒したな。」
「ならば、再び皇室のために働いて頂けないかしら?鉄騎隊総長の座は何時でも卿を待っていますよ。」
「ごめん、そいつは勤めないな。腕も落ちたし、だらだらな生活に慣れたし、王宮の中のことに手出しつもりがない。このまま俸禄をいただいて楽に暮らしていきたい。あ、パンケーキ追加注文していい?」
ペトラは失望せずに微笑んだ。
「パンケーキがなくなる前に、一つの物語を語ってあげましょうか?」
「物語?」イシェルが目を瞬いた。
「そう、ある少年と永生の魔女の話です。」
ペトラの言葉がふわりとイシェルの耳に届く。雫が安らかな湖面に落ちたように、元々映っている鏡花を乱し、波紋にもう一種の水月が現した。
魔女という存在はエリオンスにも他の国にも、神秘的で忌まわしく思われるもの。
彼女達は常識を逸脱する魔法を使って、ワイバーンやデモンなどの伝説の生き物も召喚できる。その性格は常に無常で、悪戯だけで街あるいはその以上広い範囲に影響を及ぼす。
このような存在に対して、人は唯遠ざかることしか出来ない。
その少年のように、自ら魔女の前に現すものは、狂っているか命惜しまないやつ以外にない。
「坊や、自分が言っていた言葉の意味本当にわかっているかい?」
魔女が黒いマントを身に纏い、両目には冷淡と飽きたような感情しか浮かべない。何があっても彼女は動かさないようだ。
「分かってる。」少年の黒曜石のような瞳に炎が燃えている:「君の奴隷になっても、悪魔の生贄になっても、構わない。条件は一つ、絶対にあいつらを殺してくれ!親も、妹達も全部死んだ。絶っ対に許さない!」
「そういえば王都にある名門が屠られたのを聞いたばかりだわ、坊やの家だったんだ。通りでこの執念に塗れる様だ。」
魔女が指を鳴らして、一本の剣を虚ろから彼女の手に現した。剣の柄に怨霊のような紋様を刻んでいる。
「ちょうど近頃は退屈しているな。この魔剣、受け取れば復讐が成せるのだろう。どう?ほしいかい?」
「ほしい!」少年は躊躇なく答えた。
「せっかちだな、坊や。話はまだ終わっていないぞ。この剣にユエンという食いしん坊が宿っている。彼は極めて孤独と絶望の中に死んだから、何もかも喰らっていくのだ。この剣を手にしてから、君は自分の心を失いつつあるであろう。」
「心を失う、って?」
「この剣を受け取ったら、一秒も絶える事なく坊やの命を喰らい続け、最後は魂まで食われるさ。肉体が毎日千本の針に刺されている痛みを感じて、死んで埃になるまでだ。それでもほしいっていうのかい?」
少年の目に動揺が見えた:「受け取ったら、どのくらい時間残ってくれる?」
「坊やの生命力なら、三ヶ月ぐらいかな。」
「……受け取ってやるよ。」
少年が手を伸ばして、魔剣を引き受けた。するとやはり手のひらから激痛が伝わってきた。彼は一旦剣を地面に刺し立たせて、手のひらを確認してみた。その真ん中に黒点がついちゃって、それから黒い線が三本延ばしていた。黒点は不気味な程色が深くて、見るだけで人は飲み込まれそうだ。
少年の表情を見て、魔女の目に残酷な好奇心が蘇らせた。
「その線は段々多くて長くなっていく。それとともに、坊やも段々強くなる。だが全身に蔓延しきったときこそ、君は最後を迎えて埃になるのだ。魂もユエンの餌食として、永遠にこの世から消えてしまう。」
イシェルがぼうっとペトラの話を聞いていて、のんびりとお茶とデザートを味わう気はなくなった。
確かに魔女に関する伝説は多いが、ペトラが語ったのは世間に伝われるものとどれでも違う。これはイシェルが最も詳しくて、最も疎い話だった。
「この話、どこから聞いた?」
ペトラは唯穏やかに笑っていう:
「その魔剣は後になって王都に巨震を齎したが、誰もその名を存知ません。そう、その真名は――『インフェルド』である。」