29.世界の権柄と恋人の懐
ルイスが無言にイシェルを見る。その眼差しには、何の後悔もない。
彼は手の中の剣を上げ、鮫人部隊と新月軍団は速やかに集結し、長い矢の形になる。
イシェルの方の鉄騎隊は迅速的に両側へ分散し、魔導部隊が中央へ向かい、中が突き出てる陣形になる。
ただし、ルイスの密集陣形に対して、イシェルの方がちょっとゆるい。
「新月陣形。」ルイスがリシアに話す。
イシェルがルイスの反応を読み、思わず眉を顰める:戦術がも見通される以上、残りは博奕だ。自分の戦術がルイスを騙せるとは初めから望まないけど。
「新月に加護された勇者たち、それと海魔族の民!これは決死の戦いだ!」ルイスが大声で号令し、王者の怒りのように巍然としてる。
「風の精霊に祝福された騎士、そして魔導科学の信者たち!これは振替えない戦場だ!」イシェルが高らかに叫び、静かな湖水のように沈然としてる。
二人の朗々たる声が同時に戦場を響き渡り、突撃の角笛を鳴らす:
「命を捨てて進め!」
「輝く明日の為に生きて!」
二つの軍隊が同時に突撃し、大地さえ震える。
まるで無名の怪物と巨大な機械の殺し合い。
「射撃隊、撃て!」制式魔導銃の引き金が引かれ、銃口が鮮やかに眩い光を放つ。
大型の海魔族のようなファイヤーボール、ただ擦れても地に深い傷を残る風刃、一瞬だけに長い距離を越える稲妻……様々な高級魔法がコスト惜しまなくてルイス軍へ投げる。
黒い鮫人たちが次々と魔導銃に裂かれ、砕かれるが、進むことは止まらない。
彼たちの頭が血に濡れて、腕も斬られて、全身もボロボロになったけど、迷わず攻撃する。
「海魔族か……鳥肌が立つほど恐怖だ。あの女王も馬鹿にできないな。」イシェルが暗い目で魔武士部隊と海魔族のぶつかりを見て、大地が血に赤く染める。
イシェルが冥王の府で魔物の前に突き進む兵士たちを見たことある。彼たちの命は何の価値のないのように、次々とあの悪魔たちへ向かう。
そして、その無価と言われる命が、そんなに安っぽくて戦場で消える。
彼たちの中に、沢山の人が初めて戦場に出るかも。
彼たちはつい先、両親や、子供や、恋人と別れ、新しい剣を身に着けて、戦功を立てたくて、栄光を受けたくて。
しかし、彼らの眷族と愛人が待ってる内に、彼らは死に臨む。魔物の凶悪によって、他人の野望によって。
自分であっても、ルイスであっても、本当に征服や守護の願いでこんなに沢山の人を巻き込まれる資格あるのか?
イシェルが知らない。
ただ、そうするしかないと、知ってる。
今まで誰も逃げることない。人の信頼を裏切られない。この肩の上の責任を、下ろせない。イシェルが赤い目でこの全てを見て、剣を振り下ろす:
「側面収束!鉄騎隊突撃!」
魔武士たちが乱れない陣形で後退し、両側の鉄騎隊が全力突撃、イシェル軍の中が凹んで、新月の形になる。
これが新月陣形のかなめだ。
敵の矛先を避け、中央の軍隊で足を止め、そして自分の両側の精鋭で側面から相手を攻める。
「止まるな!地獄を乗り越えろ!」近いところにルイスの声が聞こえる。
ルイスもこの陣形の短所をよく知ってる。相手の精鋭が側面の攻撃を凌げば、局面が打開できる。逆に自分の軍隊が切断される。
鮫人の部隊が怯えず血を浴びながら前進し、弾薬が切れそうな魔導部隊が潰れそうになる。前方の魔武士の鉄壁が鮫人の衝撃の下で退却を初め、しかし鮫人の部隊もほんの僅かしか残ってない。
ルイスが鮫人の命で前の道を開いた。
なんと残酷なやり方だ。
イシェルが馬を駆け、自分の護衛と一緒に新月軍の攻撃を食い止める。
「ここを通せないだ、ルイス。」イシェルが友の前に姿を現す。
答えるのは、ただルイスの剣のみ。
冷たい光が瞬く瞬間、空気が悲鳴する。
「もう生死さえ度外にしたのか……」掌に痛みが絶えずに伝えてきて、イシェルがルイスの不尋常を察した。黒い凶気がルイスの全身に満ちてる。瞳の中まで黒いしわが見える。
――権力、金、欲望……こんなものが本当にそこまで大事のか!
イシェルが声なく叫ぶ。
超重量級の攻撃が雨のように彼の身に落ち、数えきれない血跡を残る。
ルイスが命を借り越して手に入れる力はもうイシェルが敵うものじゃない。こんなルイスの前に、止めるところが、自分さえ守れない。
冷ややかな剣が顔、胸、腕、体の隅々まで傷つき、イシェルの体をボロボロする。
どうするのかいいか、もう分かんない。
ルイスをもとに戻すために、イシェルが魔剣ヴァレイリアの月を手にした。しかし、望む結果は出てこない。
どうしても、自分もルイスの苦痛を解けないかも。
しかし、退却はできない。
前へ進めば、ルイスと剣を交えなければならない。
後に退却すれば、ペトラは徹底的に失敗した。
「う……」イシェルが痛みを耐えながら立ち直り、ルイスへ走る。
「天道鏡心流……」
「果て無き闇をこの剣にして、我に……」ルイスが静かに立ち、名のない呪文を低吟する。
「夜明の暁!」
「暗黒狂潮!」
時間が再び止まった。
無尽の光と無尽の暗い闇が世界の果てから湧き出し、喰らい合う。
まるで世界の末日が訪れ、神々のような力が雲の上で殺し合うみたいに、昼も夜も止まらず。大地の上の凡人が、哀れに運命の勝負を待つしかできない。
しかし、やがて敗者ができる。
「やばい!逃げろ!」ペトラが全力で叫ぶ:「あれは人を呑み込む闇だ!」
黒い潮がイシェルの剣気を圧倒し、荒波のようにかかってくる。ペトラが間一髪にイシェルを連れて、戦場を離脱する。だが大勢な兵士が黒い潮に捕まえ、侵蝕されて死ぬ。
ルイス軍の前方の道が開かれ、新月軍の勢いはもう止められない。ペトラ軍が切断された。
「こほん!」ルイスが沢山の黒い血を吐き出すが、得意な笑顔が隠せない。
勝負はもう決まった。魔導部隊が崩壊寸前で、残りの鉄騎隊も新月軍団を止めない。
数量の差が多すぎだ。
「まだ、負けてない。諦めるな。」ペトラの憂慮を気付いたみたいに、イシェルが意地っ張りに剣を寄りかけて立ち直る。
「そうね……あたしも頼れないな。こんな時に落ち込むとは。」ペトラは皮肉な笑いで自嘲する。
「ユミル巨像を起動しろ。」
ペトラが号令する:「ユミル巨像、登場!」
王城のほうから山さえ揺れる声が届いてきて、蒼い光を放つ瞳が夜に瞬く!
「魔導巨兵!」ルイスが驚く。前にペトラとイシェルがユミル巨像に入った時にも疑うが、まさかそのポンコツが本当に動けるとは。
「これはストライア王室の守り神、魔導科学の至高の傑作だ。」ペトラが剣を空へ上げ:「騎士たちよ、立ち直れ!時間が勝利だ!」
——鐘楼の北には王宮で、王宮には「ユミル」と言う人の数十倍の大きさを持つ巨像がある。巨像の頭の中は意外に狭いが空洞が開いていて、イシェルとペトラが中に入ったこともある。鉄騎隊のお巡りさんに見つかって散々説教された。
なぜユミルの頭の中は空だ?今イシェルが分かった。元々、人が操られるように作られたから!
潰れた魔導軍団が改めて集結し、鉄騎隊の後ろに合流し、最後の戦いを準備する。
ルイスが軍を前後二つに分け、後方をリシアに任せ、ユミルを食い止める。
前方は自分が率いて、ペトラの首を狙う。
しかし誰でも分かる。あんな神話の中の兵器に対して、リシアは勝算がない。
行くなら永別。
けど時間を稼ぐ人が無ければ、ルイスもペトラに勝てない。
「さよなら、ルイス様。」
煽情の言葉は、ない。
涙もない。
リシアはただこんな簡単な返事でルイスを応じる。
ルイスが自分の野心の為に生きる道を選んだように、リシアもルイスの為に生きる道を選んだ。
「……さよなら、リシア。」
ルイスが無言に振りかえ、ペトラへ向かう。体に纏う凶気が千倍まで膨らむ。
ペトラがその凶気を凝視して、手の中の重い鉄剣を握る。
この一撃を阻まないと、鉄騎隊は恐らく直接潰れる。
ルイナが自分の隣に来て、死の覚悟を持って彼女を見る。ペトラが心得る表情で頷き、突撃の準備をする。
しかし、一人の騎士が揺れ揺れに馬に乗り、彼女たちの前に来た。
「イシェル!」ペトラが心配そうに声をかける。
「大丈夫、心配ない。」イシェルが平気に返事する。
「大丈夫のわけないだろう!今の君は子供さえ勝てない!死ぬつもりか!」ペトラが起こる。
「死ぬつもりはないよ、まだ沢山美しい景色を見たいから。」イシェルが笑いながら振りかえる:「理由は分かんないが、勝てる気がした。信じてもらえるか?」
「本当?」ペトラがちょっとびっくりした。
「本当。」
「なら、半分のことを教える。」
「なぜ半分?」
「人は気にすることがあるから生きる。これは老師の言葉だ。
あの時のあたし、確かにルイスが好き。しかし今、君はあたしの英雄。」
ペトラがイシェルを注視し、平然としてる:「原因は、戻った後に聞こう。」
「そうか……なら戻った時に聞く。」イシェルが馬を駆け、薄い夜色に遠ざかっていく。
世界はだんだん虚ろになってゆく。ルイスと、彼がもたらす目に満ちる暗闇の荒波まで、黒白しか残ってない。
薄緑色の因果線が伸びる。
交え合う。
交錯し合う。
纏い合い。
運命となる。
ルイスが稲妻如く現れ、目の前に来る。その漆黒の瞳が、絶望と狂気が溢れる。
無数の因果が伸びる、纏う、繭のようにルイスを絞る。
かつての少年は魔剣を握り、復讐のために。
かつての少年は魔剣を握り、とものために。
今、彼は――
因果を斬る!
剣光が瞬く時、全ても終わった。
「もうお終いだ、ルイス。」イシェルがルイスの前に立ち、彼を剣で指す。
「だめ……こんなところに死ぬなんで……世界の王座……こほ!」ルイスがまだ黒い血を吐き出すが、無理矢理に魔剣を寄りかけて立ち直る。
「最初から君を分かってなかったかも。今でもな。」イシェルが嘆く。
「分かるはずないだろう……闇に喰らわれる苦痛……全てを失う悲しみ……生きる意味のない絶望……まだ独りよがりのように俺を助けようとしてる?冗談じゃない!」ルイスの目の周りの青筋が立って、声が重傷の人と想像できない大きくて、命で訴えてるみたい:「もう振りかえないだ!後退の道は既に絶った!」
その血に満ちる凶悪な目が、怒りと悔しさが溢れ出す。
「そうね……俺が君を救えなかった。なら、出来る人に任せしかない。」
ルイスが少し驚く:「出来る人?」
そんな人、あるのか?まさかペトラを言うな。
「そう。彼女が、君を救える。」ペトラがルイスの前に姿を現す。後ろに鉄騎隊が整えてる。
「彼女?」
「忘れたというな。あれは君が求め続いてる答え――リンナイの行方だ。」
ルイスの目が一瞬に大きくなる:「なぜ君がこの名前を!」
「そんなことより、なぜあの夜、リンナイが消えて、自分が生き残ったと、知ってる?」ペトラが自分のペンダントを開き、人差し指で中に入ってるスパイスをつけて、空に名も分からず法陣を描く。
「なぜお前が闇を使いこなせる、闇に喰らわれないと、知ってる?」
「そして今あの人が、どこにいると、知ってる?」
「お前の目的は何?」ルイスが理性を忘れ、悪鬼のようにペトラを凝視する。
「それは、あの人が、君を守ってるから。」ペトラが淡々と語る。
けどルイスがとんでもない話を聞いたみたい、狂い顔で叫ぶ:「冗談言うな!彼女は魔女だ!心に永生の怠惰しかない。そんな奴、頭に復讐だらけのバカを守るはずない!」
「君がユエンの力を使えて闇の侵蝕で死なないのは、彼女のお蔭よ。彼女が、イフィルドの剣霊になったから。だが、今彼女の力はもう尽きそう。使え続けると、消えるかも。」
「戯言言うな!どうして俺を守るか?証拠は?」ルイスが全力で反論する。これが真実と信じたくないみたい。
「それは彼女が――君を愛するになったから。」ペトラが法陣の最後の一筆を完成し、イフィルドに黒いマントを纏う剣霊を引き出す。
――意識がある内に、我の名を覚えて
あの人が、自分の名をルイスに教えた。今、ルイスが本能的にその名を口にする:
「リンナイ……」永生の魔女、最愛の人。
永生の怠惰に沈んだ魔女と復讐の炎の燃える少年、お互いの心を感じて、愛し合うになる。これはペトラの推測。
今はもう事実と分かった。
後のことは明らかだ。リンナイを失ったルイスが冥王の府で闇に更に侵蝕され、野心が膨脹し、やがて今の局面まで辿り着く。
そして今、ルイスが再びその人に直面する。リンナイが静かにルイスを見て、悲しそうに、嬉しそうに。しかし、何も言えなかった。
「先のこと……本当のか?」ルイスが揺れ揺れに立って、ペトラを問う。
ペトラは頷く。
「そうか……」ルイスは眉を垂らし、人変わったみたいに、満身の覇気がなくなった。
選択の時が来た。
一歩を進めば、世界の王座。
ユミルに対しても、新月軍は戦う力を保ってる。勝負はまだ決めてない。
後ろへ退けば、恋人の懐。
イフィルドをもう一度使えば、リンナイが消えるかも。ここで諦めるなら、なにかの方法で彼女を回復させる可能性がある。
ルイスが無言に闇の中に立ち、ゆっくり蹲って、虚空の中のリンナイの魂を撫でる:
「結構遠い道を寄ったな、リンナイ。」