24.何時か会う、あの怪物と
「残念だが、俺たちは永遠に戻れないんだ、あの頃に。」ルイスが興味尽くしそうに酒杯を手放した。
「最後に警告するが、ペトラ、今から王座を諦めたら見逃してやるよ。」
現場の雰囲気が突然険悪になり、空気も重くなった。
「ルイス!お前!まさか……」
イシェルがやっと周囲の異常を気付いた。
「剣士たるものは、何時でも油断は禁物だ。にぶくなったな、イシェルよ!」
酒杯を手放したルイスが冷酷で、先とはまるで別人になった。
「王座を譲る気はない。これはストライア王家の誇りだ。」
ペトラが屈服する気はない。
「特に君みたいな権力浸るものにはね、ルイス。」
「ならすまんな。」
ルイスが右手を挙げて振った。
ペトラも魔法信号弾を空に撃った。
しかし応じて参るのは新月軍だけだ。
「よくも辺りの鉄騎隊を……」ペトラが驚いた。
鉄騎隊は王家の精鋭部隊、数はそう多くないが、戦力的では絶対に新月軍を上回るはずだ。
ルイスが人知らずにペトラの護衛隊を仕留めたのは、手に持つ力がペトラの予想を超えたということだ。
「ルイス。」
イシェルが前へ立って、ルイスと向き合っている。
「お前にとって、権力はそこまで大事なのか?そのために何もかも捨てられてもいいというのか?」
イシェルが感情を控えて、驚かない振りを装っている。
イシェルが分かる、自分が待っているのはどんな答えになる。今はとどめ刺しを待っているのと同じだ。
ルイスが唯平然にイシェルを見て、当たり前のように言う:
「もちろんだとも、イシェルよ。この国だけではなく、俺が手に入れたいのは、この世界の王座なんだぞ。」
「覚えてるか、ルイス。あの日俺らが陵園からペトラを連れ戻したとき、何を約束したのかを。」
――世界を敵に回しても、俺らは君の傍に立つぞ。
「はっきりに覚えているぞ。だがあの時のルイスは――
もう死んだがね。」
ルイスの剣は幽霊のようにいきなりイシェルの目の前まで届いた。
速い!
二人の剣術は同じ伝承だったが、ルイスが殺傷効果を高めるために天道鏡心流の真っ直ぐの「剣技」を改造して、今のような動きが幽霊だと思われる速さのうえで不思議な角度で敵の弱点を攻める殺人技術となった。
「フン!」
イシェルが体を後ろへ傾いて、一撃を避けた。そして後ろへ跳んで距離を取った。
「天道鏡心流・暴風!」
イシェルの剣が鞘から出たばかりに、ルイスの剣も引きかえってイシェルの攻勢を防いだ。
「この!」
イシェルが力をもう一層挙げて、ルイスを払い除けた。
そして背中から柔らかい感触が伝わってくる。ペトラの背だ。彼女も剣を出して、剣幕を織り出してほかの敵からの攻撃を凌いでいる。
冬雲も屋台のどこかに隠していた宝剣を取り出して、新月軍の兵士を勇ましく倒し続ける。
「ハハハ、やっば若者は元気だね!エロンと切磋する日々を思い出したよ。」
エロンという名を持つ者はまさにイシェルの父親であった。
それでも今の状況は楽観的ではない。
唯三人で20人以上の精鋭兵士の相手をすることとは、それに中にはイシェルに劣らず強さを持つルイスがいる。
二人がお互いの剣術を知りすぎて、戦い合えばきりがない。
イシェルが全力で掛けると決めた。
「何とか突破して、王宮のほうへ逃げよう。そこに駐在する鉄騎隊の主体と合流して。」ペトラが指示を出した。
王宮はユリウスの内城のようなもので、王族以外にも一部の貴族が住んでいる。その主な守備役は鉄騎隊が勤めている。
イシェルが頷く。そして秘めていた剣気を嵐のように一気に放った。
砂を吹き起こし、周辺の建物を揺さぶって、囚われた凶獣が檻を破って出てくるようだ。
敵がみんなぼうっとなった、ルイスでも一瞬気を逸らした。
それだけでイシェルに先手を取られた。
他人が反応できない速度で、イシェルがルイスへ飛び掛った。剣が上から山崩れの如きに切りかかる。
避ける余地がないルイスが剣を構えって受け止めるしか出来なかった。
「タン!」という金属のぶつかる音を鳴らして、ルイスの手が震えて麻痺を感じた。
余韻が未だ残っているが、次の一撃が待たずに襲い掛かる。
嵐のような連打でルイスが抑えられ続けた。
しかしルイスの顔には焦る感じがない。
彼が最後までイシェルの攻勢を防いだ。そしてイシェルの力を利用して一旦距離を取って、又幽霊のように反撃を始めた。
「はや!」
イシェルが身を傾いて、ギリギリにイシェルの一撃をかわした。そして反撃しようとしたら、相手の姿を見失った。
敵の前に現れたり消えたりする妖しい剣術。
イシェルが直感で後ろへ振り返って切りかかるが、そこには残影しかなかった。
「おそいぞ!」
ルイスがイシェルの横から現れて、剣を刺してくる。
時間が止まったようになり、ルイスの剣がゆっくりと昔の親友の心臓に向かって刺していく。
幸い暗闇の中に、建物から剥がれた石塊がちょうど二人の間に落としてきて、ルイスの動きを止めた。
「天道鏡心流・暴風!」
イシェルが又同じ技を使って、ペトラの手を握って王宮へ逃げていく。
「冬雲叔母さんも逃げろ!」
ルイスと直接向き合っていない冬雲がとっくに撤退の線路を考えといた。イシェルに頷いてすぐに闇に潜んで去っていった。
イシェルとペトラが裏道から出て、大通りに沿って王宮へ向かう。
しかし途中にはやはり伏兵がいた。
ペトラがイシェルの右手から黒い凶気が湧いてくのを気付いた。彼の銀色の騎士剣も真っ黒になった。
「手を離さないで。ルイスが約束を忘れたとしても、俺が覚えている。」
イシェルがしっかりとペトラの手を握って、新月軍の行列へかけ込む。
剣光が瞬くたびに、血の花が咲かせた。
漆黒となった魔剣が容易く兵士の鎧を引き裂いて、武器を壊す。貪欲に彼らの血を啜る。
イシェルが暗闇の凶獣に化かして、目の前の敵を容赦なく屠る。
疲労が浪のように湧いてきても、鮮血が流れていても、イシェルを止めることが出来ない。
何のためにここで殺しあっているのか、イシェルもよく分からない。
唯一つの思いがある。後ろについている人は死なせない。
そういう結末は納得できない。
――人は遠く行きすぎたら、よく何のために出発したのを忘れてしまう。
この剣を持ち上げた日に、湖の妖精に言われた。
今この様子になったルイスを喩えるには最適の言葉だ。
イシェルがそうなりたくない。
すべてが変わって、ルイスとペトラが剣を向き合うようになっても、イシェルが求めたいのはなんだろう。おそらく彼が今後も平然と振り返られる思い出を求めていた。
何かが、時が過ぎても、月日が変わっても未練を残してほしいものがないのか。
ルイスのように、捨て続けても進んでいくと、最後は何が残るのか。
その答えを探し出すために、イシェルが力を奮って進む。
天道鏡心流・夜明けの暁!
果てなく黒夜の中に、ふと一片の光が灯った。
刹那の間に、夜色が消えて、周囲が白昼のように明るくて、蒼茫になった。
イシェルとペトラだけが残されて、光の尽きへ走っていく。
「またあの化物と向き合いそうだ。」
イシェルが自分の腕に沿って蔓延する凶気を見て、ふと思った。
あいつの足音が伝えてくる。
自分が抜剣したら、逃さない運命のようだ。
だとしたら、今ここで――
切りをつけろ。
「来た。」
彼が闇の中に立ち、体も墨のように黒くなり、そして目が鮮血のような赤色だ。
「やっと夜明けの暁に再会した。イシェルよ。」
ルイスがインフェルドを握って、邪神のような笑顔を出した。